【貧困女子】震災で東京から逃亡し500万円がパー。4年間の四国生活から帰京し浦島太郎貧困~その1~

【貧困女子】震災で東京から逃亡し500万円がパー。4年間の四国生活から帰京し浦島太郎貧困~その1~

女性誌『Suits WOMAN』で注目を集めた「貧困女子」。これは、普通の毎日を送っていたのに、気がつけば“貧困”と言われる状態になってしまった女性たちの体験談。

 今回はフリーランスのデザイナーをしながら、食品関連会社のパート社員として働いている富田弘子さん(仮名・42歳)。彼女の月収は17万円で、現在の貯金はゼロ。千葉県我孫子市の家賃3万円の木造アパートに、猫と一緒に住んでいます。

「震災前に貯金が約500万円あったのですが、今はきれいさっぱりなくなりました。クレジットカードのキャッシングの借金が10万円あり、それは毎月1万円ずつ返済しています。あの震災で私の人生は転落したというか……ご家族など大切な方が命を落とされて、懸命に頑張っている人がいるのに、私は放射能から逃げるために仕事もキャリアもすべて捨てましたからね。今の生活は自業自得だと思いますが、後悔だらけです」

弘子さんは都内の芸術系大学を卒業後、中堅広告代理店に勤務。商品やイベントのアートディレクションを任されるなど、充実した日々を送っていました。35歳で独立し、江東区豊洲エリアの家賃20万円のタワーマンションに自宅兼事務所を構えます。大規模なイベントのデザインを任されることもあり、当時の年収は800万円にもなったとか。独立して2年、順調な毎日を送っていましたが、東日本大震災が襲います。

「あの日のことはよく覚えていないのですが、私は17階の自宅にいました。階段で下まで降りて、食料を買いこんで17階まで上がり、とんでもないところに住んでしまったと後悔しました。本棚が倒れて足の踏み場がないくらい家の中はぐちゃぐちゃになるし、余震で家が揺れて眠れないし……。津波の画像や東北の様子の報道があまりに恐ろしいから、映画『天空の城ラピュタ』のDVDをずっとかけていました。シータのセリフ“人は土から離れては生きられないのよ”というセリフを聞いて泣いたことを覚えています。私は17階(ラピュタ)から地面に降りたいけれどどうすることもできない。彼とも別れたばかりだし、長野の実家とは連絡がつかないし、恐怖だらけの24時間でした」

その翌日、原発の事故のことが入ってきて、弘子さんは激しく気が動転したと言います。“もう、私は死ぬ”と死を確信したとか。実家とは連絡がつき無事を報告したものの、原発のニュース画像を見た瞬間に、父母宛に遺書を書いたそうです。

☆☆

移住を決意させたのは、ネガティブで信ぴょう性が怪しいTwitterの情報

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