コラム 【ヲタクのきもち】推しが活動休止を発表したので…~活動休止は誰のせい?~(前編)

自分は、異変に気づけただろうか

次に、ファンたちの中でなされた会話は、

「異変に気づいていたか」「活動休止になるような兆候があったか」でした。

「私は気づいてた」「最後にあったとき元気なかったもん」という主張が出てくるようになりました。

理由も分からないのに、推しの気持ちを勝手に推測して、ねぎらったポエムを投稿する者もいました。

 どんなに分かっていたアピールをしたところで、今推しがいない現実は絶対に変えられない。

と思うと、知ったような顔で主張をする無意味さに、虚無を感じて、切なくなました。

嘆こうと、公式にリプをしようと、ポエムを書こうと、前から兆候に気づいていようと……

推しは、目の前にはいないのです。

余談ですが、ぼくと推しとの最後の会話は

ぼく「ねぇねぇ、最近楽しい??」

推し「ん~? なんでぇ~?」

ぼく「楽しいならいいんだよぉ(笑)」

推し「う~ん? 楽しいよ~?」

でした。

初めて出会った頃に比べたら、明らかに顔に活気が宿らなくなったので、

ぼくも聞いていました。

だから、ぼくも分かっていたアピールできるんですよね(笑)。

ただ、1つだけ悔やまれるのは「うん、楽しいよ」という言葉を信じたことです。

精神的なものであったにしろ、契約問題だったにしろ、活動休止になる理由は何であれ、

おそらくぼくたちがあの日、会話をしたときには、本人自身も活動休止することは分かっていたはずだと思うんです。

でも、ぼくは、推しが言う「楽しいよ」を鵜呑みにしてしまったのです。

どんな理由であれ、活動休止が彼の頭に浮かんでいたなら、「楽しいよ」ということに少しくらい抵抗があったのでは、と思うんです。

その“嘘”を、ファンなのに見抜けなかった、ということだけが、自分の中には事実として残りました。

ファンだからこそ見抜けない説

友達に「私は推しの異変にちゃんと気付けるのかな」と言われたとき、とっさに無理だと思うと言ってしましました。

アイドル側も、自分を応援してくれているファンにこそ、そういうコトって言えないんじゃないのかな……とふと思いました。

楽しませよう。心配をかけたくない。と、気が張るだろうなぁ……と。

だから、これからも。

ぼくは、推しが消えていくときは、いつだってその異変には気づけ無いんだろうなぁと思いました。

『BLEACH』(集英社)という漫画にこのようなセリフがあります。

「憧れは 理解から最も遠い感情だよ」

推しを美化しているファンの中には、たとえ「事実」であっても、

「そんな子じゃない」「なにかの勘違いだ」と、擁護する人が必ず居ます。

「自分の思い描く完璧な推し」は、本来の推しから最も遠いものになってしまっているんだろうなぁと痛感します。

「なんでファンなのに、異変に気づけなかったんだろう」

の答えには、

「ファン“だから”気づけなかった」

という残酷さがあることを学びました。

まとめ

何をしても、徹底的に“無意味”ということだけが、強く刻まれていく感じが、最も残酷でした。

なにかすればするほど、あがけばあがくほど、その“無意味”は強くなっていきます。

とっとと復帰して、「あくにゃんは考えすぎだよ!」と笑い飛ばして、

このコラムを“無意味”にしてほしいものです。

次回に続きます。

☆次回予告☆
・推しがいない公演を観に行って感じたコト
・推しが個人のInstagramを開設して感じたコト

お楽しみに。

今週も、推しと推しあわせに~。

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