京都出身の私は、帰省すれば必ず訪れるお寺がある。その「某寺」で、これまで数多くの願いを胸に手を合わせてきたのだが。こと「恋愛」に関してだけは、絶対に祈願しないと決めている。その理由とは……。

霊感、直感、虫のしらせなど、不思議な体験を綴ったアルム詔子の連載「5.5センス、信じますか?」。第1回の後編は、謎の「オジサン」登場のシーンから。
願いは届かず……別れてしまった私たち
「とられるで」
全くもって無防備だった私に、突如現れたオジサンが発した言葉である。とにかく、祈ることばかりに集中して、隣に誰かが立っていることにも気付かなかったのだ。今となっては、どんな顔かも思い出せない。ただ、「オジサン」と「オジイサン」の間ということくらい。そして、なぜか、オジサンは私のカバンを掴んでいた。
当時、恋に酔っている私は、周囲にお構いなしで泣きながら祈っていたのだろう。そんな泣き崩れた私の顔をというか、目をじいっと見つめたのちに、一言。
「とられるで」
突然の事に、声が出せない。依然、状況がのみ込めないのだ。この人は誰なのか。一体、何を言っているのか。ワケが分からないまま、呆然と立ち尽くす。そんな私に再度、「とられるで」という言葉を言い残して、オジサンはすたすたと遠ざかっていく。
こうして、謎のオジサンは、突如現れて、突如去っていったのである。
その後ろ姿に、私はこう叫びたかった。
──何が?
一体、何が取られるというのだ。というか、どうして5文字のカタコトしか繰り返さないのだろう。とにかく、謎が多いまま。置き去りにされた私は、質問する機会ももらえず、気付けば涙も引っ込んでしまったのである。
そういえば、オジサンは私のカバンに手をかけていた。つまりは、カバンが取られると言いたかったのだろうか。それにしても、お寺の境内なのだから、そこは絶対に安心だろう。なんでまた、そんなことを言うのか。不思議に思いながら、私は「某寺」をあとにした。
それから、1ヶ月後。
私たちは別れた。いや、もはや1ヵ月も経たなかったのかもしれない。もう既に私たちは終わっていたのだ。燃え上がるのが早過ぎて、あっという間に燃え尽きたという感じ。当時の高校生の恋とはそんなものだろう。なんなら、失恋の痛手からも立ち直りつつあった。思いのほか、大学生活への期待の方が大きかったのだろうか。
こうして、私は、謎のオジサンの出来事をすっかりと忘れてしまったのである。
