コラム どうして人は「水虫」を否定したがる…? 最愛の彼と母がどちらも隠し通した理由【前編】

良いことも悪いことも、人生、迷うことばかり。そんな他愛もない日常をゆるゆると綴ったアルム詔子の「日日是迷走」。

今回は、ズバリ「水虫」について。

ただ、残念ながら、ここで症状や治療法など「水虫」談義をするつもりは全くない。既に自覚症状があって、もしや自分は…? と疑っている。そんな状況にいる人が、次に進むレベルの話である。

具体的には、「水虫になっちゃった…かも?」という疑惑を周囲(同居の家族など、生活面で影響を与える人)に公表するかどうか。

今回の記事は、その問いにNOと答えた2人の話である。

「水虫」を隠す人の本音を知りたいから…

そもそも、どうして「水虫」の話を書こうとしたのか。

水虫の研究者でない限り、理由は1つしかないだろう。身近な人が「水虫」となった(もしくは疑惑がある)からである。

いや、もっと正確にいうと、単に「水虫」になっただけでは足りない。彼ら2人が揃いも揃ってその事実を隠し、普通に振舞っていたコトに驚いたからだ。

なぜ、彼らは同じような行動をしたのか。隠す理由は何なのか。その疑問が全ての出発点となったのである。

そんな水虫疑惑を持つ、私の身近な2人とは…?

まずはその1人目。

誰かというと…ああああ。もう書いているだけで、心臓のドキドキが止まらない。もちろん、キュンキュンの方ではなく、ふつふつとマグマが燃えたぎるような憤りでだ。私をそんな気持ちにさせるのは、「ヤツ」しかいない。そう、記事の中でやたらと登場回数の多い、あの「パートナーの彼」である(これまでの連載はこちらから

記事を見返すと、登場回数が多い割に、彼の詳細は書かれていない。せいぜい「元同僚」で「かなりの年下」くらいの情報だ。これに付け加えるとすれば、「そんな彼に私がめっぽう弱い」コトだろう。彼に対しては、自他共に認める「超甘々」で、基本的に怒ることはない(ただ、小言は多いらしい…)。

これは「惚れた方が負け」とか、そういう意味ではない(それも少しはあるけれど…)。恐らく年齢差が理由だと思う。相手の年齢が近い場合、知らず知らずのうちに、同じ基準を相手に求めてしまいがちだ。つい、「自分」軸でのモノの見方を相手に押し付け、些細なコトでも、そこから外れると許せなくなってしまう。

きっと、根底に「私たちは同じ」という思い込みがあるから、自然と喧嘩も多くなるのだろう(前夫がそうでした…)。しかし、彼のように10歳以上も年齢が離れている相手だと、「私たちは違う」というところからスタートする。

モノの見方、考え方が違うのは当たり前。結果は同じだが、それに至る過程や方法が違っても、なんら問題なし。逆に新しい発見ができて、新鮮に感じられるコトの方が多い。だから、「私と違うから許せない」という現象は起きにくくなるのだ。

しかし、そんな超甘々の私でも、彼に1度だけ「吠えた」ことがある。一生のうちに、あれほどの憤怒を感じたことがないだろうというくらいに、ブチ切れたのだ。

その理由が…。

今回の「水虫隠蔽事件」なのである。

発覚したきっかけは、ある光景を目撃したからです…
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