コラム 「老い」を感じた瞬間…金沢のホテルで発見した自分の顔にあった信じられないモノ

良いことも悪いことも、人生、迷うことばかり。そんな他愛もない日常をゆるゆると綴ったアルム詔子の「日日是迷走」。

今回のテーマは、自分が「老い」を感じた瞬間について。

30代をあっという間に通り過ぎ、40代に突入してから、次第に「老い」を感じることが多くなってきたワタクシ、アルム詔子。

なかでも、ごく最近、自分の「老い」に衝撃を受けた出来事がある。今回は、そんな悲しい我が体験を是非ともご紹介したい。

金沢のホテルで…。

一体、何が…?

自分の「老い」を感じる瞬間は突然に…

最近、じつに自分の「老い」を感じるコトが多くなった。

それも突然に、そして確実にである。

個人的な事柄になるが、私のかわいい姪っ子の1人が就職活動を、残るもう1人が大学受験をしている。それだけでも随分大きくなったものだと思っていたが、先日の選挙で下の姪っ子が投票したと聞いて、さらに腰をぬかすほど驚いた。

私には子どもがいない。だから、日々子どもと向き合って、その成長を肌で感じるような経験がないのだ。そのせいか、帰省して実家の隣家に住んでいる姉の子どもに会うと、彼女たちの成長を2段飛ばしくらいのスピードで感じてしまう。そして、その分、反比例して自分の「老い」をズッシリと感じるのだ。

それだけではない。

先日、誕生日を迎えたのだが、もはや何も感じない自分にこれまた驚いた。今までは、1つ1つ年を重ねるごとに、様々な感情が沸き上がっていたはずだ。なんなら、うちはパートナーの彼が年下なので、僅かでも年齢差が広がるコトに恐怖を感じていたのだが…。

しかし、今回の誕生日に限っては、何も感じなかった。

ふーんという、強がりでもない、諦めでもない、まさかの「無関心」。自分自身でも分からない。なぜ、私は年齢を重ねることについて、焦りを感じなくなってしまったのか。それはもう、仙人ばりの「悟りの境地」である。いうなれば、それこそが「老い」の第一歩なのかもしれない。

ただ、じつは、何も感じなくなった理由には、1つ思い当たることがある。

恐らく、ある出来事に遭遇したからだろう。一種のショック療法とでも言おうか。

ちょうど誕生日の1週間前のコトだ。

取材で金沢へと移動し、その日、泊まったホテルでの話である。

私が泊まったホテルは、一昨年オープンしたばかりの新しいホテルだった。一目で、オシャレな明るい雰囲気の部屋を気に入り、久しぶりの1人時間に何をしようかと、心が浮足立った。

取材は、明日の早朝からだ。既に準備はしていたので、今夜くらいはと、好きは本を3冊買い込み、デパ地下で美味しいお惣菜を仕入れて、ゆっくりと過ごすことに。シャワーを浴びて、早速、部屋着に着替えた。家事から解放されたご褒美時間、待ちに待ったリラックスタイムを満喫する。

暫くして、部屋の暖房のせいか、少し肌が乾燥している気がした。

そこで、私は、部屋の鏡の前に立って、肌具合を確かめたのである。

久しぶりの1人時間にウキウキが止まらない…
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