コラム 10才下の教え子から数年後にアプローチ…!?そのとき心底言わなくて良かった一言【前編】

良いことも悪いことも、人生、迷うことばかり。そんな他愛もない日常をゆるゆると綴ったアルム詔子の「日日是迷走」。(前回の記事はこちら。なぜマスクを外す前と外した後の顔に必ずギャップがあるのか…を考えて見た

今回は、若かりし頃を振り返ってのお話。ホッと胸を撫でおろすような、とある私の体験談についてである。

誰にでも消し去りたい過去の1つや2つあるだろう。私も、数多くの失敗談をタンス預金の如くこっそりため込む女だが、この記事は違う。巷では失敗談がこうも溢れているのだから、逆に今回は、失敗とはならなかったギリギリセーフの話をテーマに選んだ。

いや、マジで「あんときゃー、よくぞこらえた」と自分を褒めてやりたい。

さてさて、一体何が起こった…?

私が大事にしている2つのポリシーとは?

かつて、3世紀頃の中国にあった「西晋王朝」時代。当時の学者である「傅玄(ふげん)」は、こんな言葉を残している。

──「病は口より入り、禍は口より出ず」

まさしく、禍(わざわい)の元となるのは、いつの時代も「言葉」である。一度口から出たものは、取り返すことができない。だから、言葉は怖いのだ。

しかし、人生は選択の連続である。

生きていれば、ときに「言うべきか、言わぬべきか」と、その選択に迷うことがある。もちろん、これは「言葉」だけでなく「行動」についても同じだろう。「行動を起こすべきか、起こさぬべきか」と迷うのだ。

取るに足らない日常生活の中に埋もれた幾つもの選択ならば、人は無意識に一瞬で判断する。一方で、人生に影響を及ぼす重大な事柄に関しては、いつになく臆病になるものだ。時間をかけたところで、なかなかどうにも決断できないのが実情だろう。

そんな場合に備え、私は「言葉」と「行動」について、2つのポリシーを持っている。人生のモノサシとして、何かあればこれに従って決断しようと、予め用意しているのだ。

その内容とは…。

──迷ったら「行動は起こす」

──しかし、「迷った言葉は、逆に言わない」

どうせ後悔するのであれば、やらない後悔よりも、やったあとの後悔の方が心地よい。だから、いざ迷った場合には、行動を起こすべきだと考えている。そもそも、行動は積み重ねることができるのだ。仮に失敗しても、そのあとから挽回する行動を起こせば、結果的に「失敗」とはならないだろう。過程の中の1つ、ただの途中経過で終わる可能性が高い。

しかし、言葉は違う。一度口から出れば、その言葉は自分の元を離れて、独立した存在になってしまう。言ってはいけない言葉、まずい言葉を発した場合、仮に打ち消す言葉を重ねたところで、最初の言葉が白紙になることはない。言葉は戻らないのだ。だから、迷った場合、「行動」とは逆に「言葉」は言わないコトに決めている。

そんなポリシーに則って見事成功したのが、今回の出来事である。あわや大惨事、人生最大のとんでもない恥をかくところだったが、危うく踏みとどまることができた。その選択ができたのも、このポリシーのお陰なのである。

一度口から出た言葉は…戻らないのです
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