アルム詔子の「日日是迷走」。
今回は、私のポリシーが、人生最大の愚行を防いだ話である。
そのポリシーとは、「迷った場合は行動を起こせ。逆に、言うかどうしようかと迷った言葉は口にしない」というもの。この基準に従った結果、私は辛うじて人生最大の恥をかかずに済んだのである。
後半は、当時教育機関で働いていた私に、隣のクラスのA君がなついたところから。
突然、話があると言い出したA君…
ツンデレA君が職員室にやって来る理由は、ただ1つ。
じつは、就職試験のストレス解消に、爆笑トークをしに来ていたのである。当然、質問ブースからは私の高笑いが、毎日、職員室内に響き渡る。雰囲気からして、授業内容の質問ではなさそうだと、周囲にはもろバレ。そうなると、職員室内でも、面白おかしい噂が立つ。先輩職員には、私の「第一号ファン」だと、よくからかわれたものである。
ただ、その頃の私は、結婚をしていた身。いや、それよりも、そもそも論として、教えている学生を「恋愛対象」として見るコトなどありえない。確かに義務教育ではないし、なかには学生と年齢が近い教員もいて、恋愛に発展するケースもゼロではなかったようだが、私はまったく違った。
仮に私が独身で、A君が卒業して「教え子」ではなくなったとしても…。いや…やはり、そこにはムリがある。年齢差「10」の壁は大き過ぎる。
年の差カップル、それも「女性の方がかなり年上」というシュチュエーションは、今だからこそ珍しくなくなっただけのこと。その頃の私には想像すらできない話であり、社会も寛容ではなかった。あまりにも抵抗感が強かったのである。

さて、ここまで「禁断の恋」の可能性を色々と探ってはみたが、実際の関係はというと、もっとあっさりとして、ありふれたものだった。
私とA君の関係は、いわば「お笑い芸人」と「芸人を慕う見物客」のような感じである。恋愛ドラマにありがちな、ドキドキする雰囲気など一ミリもなかったように思う。
そんな楽しい学生生活も終わりを迎え、A君は学校を卒業。公安系の公務員として就職し、無事に巣立っていったのである。
その後も、たまに学校へと遊びに来ていたA君。
数年後、遠方の地へと配属が変わった頃には、私は離婚をして独身の身。A君も中堅どころとなって活躍していた。その頃には、距離的に学校へ遊びに来ることが難しいと、年に数回、電話で転職やプライベートな相談にものる間柄が続いていた。
そんなA君が、どうしても話があると言い出した。なんでも、相談というか訊きたいことがあるという。休みを取って学校の近くまで行くから、食事に行こうと誘われたのである。
お笑い芸人のような立ち位置の私は、「ほな、待ってるで」と、のほほんとしたものだった。それが、まさか…。微妙な方向へと、話が展開するとは思っていなかったのである。
約束の日。
学校の近くのイタリアンで食事をすることにした。
私の勤務終了後に待ち合わせをし、店まで連れ立って歩く私と元教え子のA君。久しぶりにまじまじと顔を見た私は一言。
「なんか、老けたな」と私。
「先生、あれからなんにも変わってないですね」とA君。
「あんた、苦労してるんやな…」
「ってコトは、先生は苦労してないんですね」
「いやいや、この仕事のハードさ、知ってるやん。あんた、毎日、アタシの貴重な時間を質問で奪ってたやん」
「いやー。先生が喋りたいかなって思って。気遣ってたんですよ」
「んな、あほな」
いつものように、ポンポンと会話が弾む。同じ血液型ということもあり、恐らくだがよく似た性格なのだろう。だから、話をしていても尽きることがない。互いの考えていることがよく分かり、相性がいいのだ。
