コラム 京女の移住体験記│登山初心者の私が標高3000m級の「立山」挑戦で得たモノ【後編】

アルム詔子の「京女の移住体験記」

今回は、富山県にある標高3000m級の山々からなる「立山」に挑戦した3部作の完結編である。

後編は、「雄山(おやま)」山頂を目指して、岩場を進むところから。

【前編はコチラから】

彼ではなく、ナッツに救われた私の心

目をしばし閉じた。そして、えいやっと開けてみた。やはり、目の前の岩場はそのままで変わらなかった。

そうだよな。現実逃避しても仕方がない。覚悟を決め、進むための準備を粛々とした。何があっても、雄山山頂に到着しなければ取材ができないのだ。雨で体温が奪われそうだったので、ウインドブレーカーの下にもう1枚服を重ねた。

そういえば、スタート地点の室堂で、服装の注意があったことを思い出した。確か、30年近く前に、立山縦走中に痛ましい事故が起きたのだ。当時も10月初旬で、この9月末とあまり変わらなかったはずだ。それでも山頂付近では吹雪となって、低体温症で何名かが亡くなったのだ。

スタート地点の室堂にあった注意書きです(筆者撮影)

再度気を引き締める。既に私たちは、互いに手助けできる余裕などなかった。自然と目と目で会話する。「行けるか?」「よっしゃ」。ちなみにだが、問いかけた方が私である。もう恋人同士というよりは、戦友のような雰囲気を醸し出していた。

こうして「一ノ越」を出発した。

岩場は、自由に進めるようにはなっていなかった。よく見ると一部の岩にペンキが塗られており、ルートが示されていたのである。基本的には1つのルートしかないため、自ずと1列で進むことになる。つまり、自分が立ち止まってしまえば、後ろがつっかえるという素晴らしいシステムなのだ。

雨が強くなってきたので、毛糸の帽子の上から(注まだ9月です…)、ウインドブレーカーのフードをかぶった。手袋をした手でゴツゴツした岩を掴み、体を支えながら進んでいく。

ふと、後ろを見ると、口をもぐもぐさせている小動物のような男が見えた。この登山で顔がシャープになったのか、はたまた、フードを絞り曇ったメガネをかけているからか、なんだか「ねずみ男」のように見えて仕方がない。もちろん、我が愛すべきパートナーの彼である。

「ナッツを口に入れたら、ちょっとマシになるぞ」と彼。

言われた通りにしてみると、ウソのように身体がラクになった。人間の体とは不思議なものだ。エネルギーが注入される感覚がこれまた面白い。だが、少し元気が出たものの、やはり呼吸は長く続かなかった。ルート脇にスペースを見つけたので立ち止まり、ポケットから出したナッツを、さらにもぐもぐと頬張った。

その間、何人かが私たちを追い抜いていった。黙って見送りながら、なんとか呼吸を整える。こうして再びルートに戻る。このインターバルを何度繰り返しただろうか。

次第に、下山してきた人たちの励ましにも心が追い付かなくなってきた。なんせ霧も濃く、この岩場がどこまで続くのか、一向に分からないのだ。悲壮感漂う私を見兼ねて、すれ違ったおじさんが「もう、上が見えとる」と教えてくれた。

おじさんの言葉を信じたい。でも、どうせまた裏切られるのだ。そんな思いをしながら、1歩1歩確実に進んだ。グッと足を上げて、斜め上の岩まで体を引き上げた。

すると、信じられないことに、その上がなかった。あれほど期待した「雄山」の山頂は、突然降って湧いたようにやってきたのである。

それは、あっさりと拍子抜けするほどの、淡泊な瞬間だったのだ。

無念…。見通しが良ければ、もっと感動したはずです…(筆者撮影)
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