コラム 理想は「優しい人」って…具体的にはどんな人?そんな条件は不要かもしれない【後編】

アルム詔子の「日日是迷走」。

今回は、ズバリ「優しい人」について。

何をもって「優しい」と感じるかは人それぞれ。「優しい」の中身は、結局のところ、自身の価値観を投影しているだけなのでは…と落ち着いたところで、ふと、出会った頃の彼を思い出した。

後編は、その思い出から。

【前編はコチラから】

ハリネズミとアルマジロのカップル

これまで記事にちらほら登場していたパートナーの彼。じつは、私と出会った頃の彼は20代だった。今となってはなんだか懐かしい気もするが、当時は血気盛んな若者だったと記憶している。

彼と初めて会ったのは、前職の職場だ。第一印象は、なんだか「ハリネズミ」みたいだなという感じ。確かに、一見、爽やかで頼もしく、何事も卒なくこなすタイプに見える反面、少々とがっていたのである。

そのうち長い時間一緒に働いていると、次第に彼本来の姿が見えてきた。常に気を張って無理を重ねているのが分かったのだ。無意識なのか、本人はあまり気付いていなかったが、正直、そんな肩肘張らなくてもいいのにとも思ったし、その不器用さが自然と目を引いたのである。

一方の私はというと、結婚に疲れ、離婚に疲れ、恋愛に疲れてと、溜まりに溜まった疲弊を絵に描いたような人間になっていた。人生の明確な目的もなく、流されて生きている感がそこら中に漂っていたように思う。

ただ、元来、父親譲りの世話好きな性格である。人よりも少しだけ「保護本能」が強く、尽くされるよりは尽くしたい、そんなエネルギーを奥底でたっぷりと持て余していた。

だから、縁あって彼と付き合うことになったとき、この「保護本能」が非常にいい形で発揮された。彼には愛情が足りず、私にはその愛情が溢れかえっていた。互いにとって、ちょうどそのバランスが良かったのである。

しかし、何も問題がなかったワケではない。

付き合った当初は、それなりに苦労した。年齢や生まれ育った環境も違うし、何より、彼にはこれまでの経験則がなかなか通じなかった。

それに、「ハリネズミ」の彼に近付こうにも、外側の「ハリ」に刺されてしまう。正直、とがった彼の言動で傷ついたことも。だが、私自身、次第に彼の「ハリ」に慣れてしまったのか、はたまた、彼に合わせて私の外側の皮膚も次第に硬くなってしまったのか。いわば、私自身が「アルマジロ」化したのである。

片や、彼も私のことを「一生の味方」だと認識してくれたのだろう。いつしか「ハリ」は抜け落ち、もはや幻覚だったのかと思うほどである。なんなら、逆に私の方がアルマジロ化し過ぎて、とがってしまったくらいだ。

だから、母から「彼は優しい」といわれたときには、少しだけ感慨深かった。

彼の変化は、私の想像を遥かに超えていたのである。

あとから「優しくなる」のもアリなんです!
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