コラム 派遣から弁護士へ~伝説のあきらめない女|聞いてはいけない自称賢人のドヤバイス

はじめまして。このたび、コラムに参加させていただくことなりました、熊王(くまおう)と申します。

熊王という名前については、「出身は?」「その苗字、どこ地方?」との質問を必ず受けます。曾祖父によると、熊王姓は、日蓮の弟子として鎌倉から山梨まで日蓮に同行した熊王丸(くまおうまる(1258年 – 1341年))というお坊さんの子孫の姓とのことです。700年近く前の人なので、真偽は定かではありません。ただ、鎌倉には熊王稲荷があり、山梨には熊王姓のお宅が数軒あり、何より漫画みたいで面白いので、筆者の脳内ではこれを真実としています。

派遣は見た

仕事は、今は弁護士をしています。弁護士になる前は、司法試験合格まで派遣社員として職場を転々としていました。保険、不動産、建築、飲食、出版、通信、商社、学校、公益法人、特許事務所、メーカー、クレジット、IT、工場、コールセンター、電気量販店、治験、料亭、選挙委員会等々……30社以上で働きました。みなさんの会社にも、潜んでいたかもしれません。

なぜそんなことになったかというと、毎年、「司法試験に合格して、11月末から始まる司法修習を受ける」と思っていて、11月末で期間満了するように、短期間の契約を組み合わせて生活していたからです。期間の組み合わせによっては、1年間で5社で働いたこともありました。

しかし、毎年毎年、不合格。気が付けば、流浪の派遣となっていました。

短期で職場を変え続けていると不審に思われてしまうので、毎回、採用面談時には、この事情を説明することになります。そのときに各社の採用担当者の方が「お、おう……」という大人の表情を必ずされるのが、今でも忘れられません。そりゃ司法試験受験生の派遣なんて、地雷臭しますよね……。

派遣時代は、いろいろな会社で、いろいろなことがありました。追々お話できたらと思います。

人間やめますか、司法試験やめますか

毎年落ちていれば、普通はいいかげん諦めると思うのですが「喉元過ぎれば熱さを忘れる」。筆者の“喉元”は短いのか、「こんな苦しくて報われない勉強は嫌だ、絶対終わりにする」と思っても、願書提出の時期には熱さが喉元をスルっと過ぎて毎年願書を出していました。筆者の受験友達は「司法試験は快楽のない麻薬」と例えていましたが、人間やめますか司法試験やめますか、そのような状態の受験生は多かったと思います。

しかし、喉元の短い筆者でも、さすがに諦めようと思ったことがありました。平成〇年に試験制度が新しくなり、受験資格を失ってしまったのです。

今の司法試験を受験するためには、法科大学院を卒業するか、受験資格を得るための試験に合格しなければなりません。筆者は旧司法試験を受験していたので、旧制度の廃止とともに、受験資格を失ってしまいました。さすがに最後の旧司法試験の不合格発表を見た時は、「受験資格のために試験を受けるなんて、ムリ。もう頑張れない」と本気で成仏を考え、ノスタルジーに涙しながら参考書を捨ててしまいました。

……と、煮えたぎる熱湯を飲んで試験を止めようと思ったはずなのですが、数か月後には、熱さはまた喉元を過ぎ、 “司法試験の受験資格の試験“の願書を懲りずに出していました。

そして、さらなる紆余曲折を経て、今は弁護士をしています。

回り道をした分、受験に限らず「これをすると失敗しますよ!」という実体験はしていると思います。そのあたりは、追々共有させていただけたらと思います。

とりあえず、参考書等を捨てるのは、少し待ってからの方がいいです。

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