コラム 【嫌な女への処方箋】キャリアウーマンゆえの苦しみか?男女平等にこだわりすぎた女~その2~

 みんな〜、今日も心おだやかに生きてる〜?嫌な女と遭遇した時は、この連載を思い出してくださいね。どうも、雨宮美奈子(あまみやみなこ)です。

前編は、やたらと男女平等を叫ぶキャリアウーマンについて話をさせていただきました。~その1~はコチラ
歴史を遡れば、過去の女性が戦ってくれたおかげで、今の私たちはズボンを自由に履き、選挙権を与えられ、ついには女性でも政治家になれたり社長になれる、女性にとって自由な時代がきたわけです。

ですが、そんな時代だからといってこれらは強制されているものではないはずですよね。その上でスカートを履いていいし、選挙に行かないのは自分次第だし、政治家や社長になる必要もない。そう、選択肢を増やすことこそが自由で、「こうすべき」という話ではありません。

だけども、前世代のキャリアウーマンたちって「女は結婚せずにバリバリ働け!男に頼るな!」、「男女は徹底的に平等に!」志向の強い方が多かったりするもので……。いやもちろん、自由なんだけどね。でもそうしない私たちも自由じゃん?

そんな人たちと遭遇したとき、ちょっぴり疲れてしまう私たち。さて、どうすればよいのでしょうか?

必要なのは「差別」ではなく、「区別」

男女平等を叫ぶ人は、差別という言葉をやたらと使いたがります。あれは差別だ、これも差別だ。確かに差別ってよくないものですし、この世界からはなくしたいものだと私も心から強く願っています。

ですがこういう時、“差別”の代わりに“区別”という言葉を使ってみるのはどうでしょう?

男と女は、身体の構造が大きく違います。出産できるかどうか、筋肉がつきやすいかどうか、他にもいろいろ。もしかすると近い未来、そんな身体の差は何かの技術で少しずつなくなっていくのかもしれませんが、少なくとも今はこの違いと付き合いながら生きていくしかありませんよね。

男と女。違いのある私たちは、その違いゆえに決して差別をされてはいけません。ですが、ときに必要に応じて区別をする必要は出てくるはずです。それすら認めないのは、もはや、女性のほうが苦しくなっちゃいますしね。「男女平等なら、お前もこれぐらいの重さの荷物は運べよ!」と言われるのは違うはずだし、そんなこと言ってたら男性だって気負うこともあるだろうし、お互いに苦しいだけです。そんなの誰も幸せじゃないじゃん!

社会には、男と女がいて(もちろんここには書ききれないほどたくさんの性や性認識があって)、グラデーションのように様々な人間が共存しています。

あなたにはこれができて、私にはこれができない。

私はこれがしたくて、あなたはこれをしたくない。

そんな思いをそれぞれに尊重しながらも、それぞれの状況に合わせて区別をしていくことは、決して差別ではないはず。

差別と区別は違う。男と女というくくりではなく、誰しもが自由にのびのび生きられる社会を目指したい。

そうやって心の中で整理しておけば、ちょっぴり「男女平等過激派」の方々の意見に遭遇した時にも心に余裕が生まれるはず。彼女たちの意見をちゃんと尊重しながらも、少し深呼吸しながら話を聞けるようになるのではないでしょうか。

私はこの考えを心の中でしっかりと思い出すようになってから、もしかすると目の前の人は差別と区別を混同しているだけかもしれないなあ、とちょっぴり冷静に見られるようになりました。心にちょっと、覚えておいて欲しい言葉です。

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