コラム 木村花さんを追い込んだ「誹謗中傷」の怖さ、「あなたのため」という意見から逃れる方法~その1~

……と、それなりに「そこまで関係の深くない相手(お客さま)からの感情のぶつけ先」にもなる仕事をしていた最中に、「なぜ人は、その問題の渦中の相手ではない、かつ自分と関係の深くない人間に重い話とかを打ち明けたり、反動によって過剰に親切にしたり、時に意地悪などをしたりするのか?」という問題に真剣に向き合って考えた時期があります。そして、それらの「打ち明け話」や、こちらが「過剰」と感じる親切や意地悪を、包括的に「八つ当たり」と表現するのが的確と思いつきました。

いい事も悪い事も、多くの人が、時に「渦中の問題と関係ない相手」への『八つ当たり』によって、自分の感情処理に役立てているのです。「八つ当たり」はバーテンダーのみならず、社会生活を送っている誰しもに、時に唐突に降ってきます。

根拠のわからない「八つ当たり」という事象を深く意識すると、生きるのがラクになる

「ネット上の匿名の誹謗中傷」は、悪い方の「八つ当たり」の代表例ですが、筆者が定義するところの「八つ当たり」自体は、対面の人間関係でもしょっちゅう起きていると思います。

たとえば子どものころ、親に何かいいことがあって、おかずが豪華になった、何か買ってもらったなども、筆者の定義ではポジティブなほうの「八つ当たり」です。

親にいい事があったせいで子どもにラッキーな事が起きても、子どもですら「自分ががんばったから」とは思いません。「たまたまラッキーだった」とわかって、自分の行ないや人間性への評価と自称を結び付けて考えたりしません。

これと同じメカニズムが「悪い事」や「誰かの唐突な意地悪」にも働いている、という事を意識すると、人生がちょっとラクになります。しかし、多くの人はネガティブな事象に巻き込まれている時、それが自分自身のせいではない「八つ当たり」によって起こっているという事実に気づかず、「私が悪いの?」と自分を責めて追い詰められてしまうのです。

感受性が豊かな人ほど、他人の気持ちを受け取りすぎてしまう。

後編では、筆者の周囲で起きた、女性同士のドロドロな人間関係の例に当てはめてご紹介しましょう。~その2~に続きます。

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