コラム 「ポテサラ問題」のような無自覚発言に対応できる、バーテンダーの対人スキルを伝授!~その1~

半ニートから高額所得者まで、常識人から異世界に住む人々まで、幅広い層が飲みに来る下北沢を中心に「一人飲み歴10年以上」の、きたざわ御神酒(おみき)です。

この7月、『ポテサラ』がホットワードになりましたね。発端となったツイートが瞬く間に20万以上の「いいね」を獲得してネット上やワイドショーに『ポテサラ問題』として取り上げられると、今度はそれに関して、どの有名人がこう言った、ああ言った……という、それぞれのスタンスがにじみ出たコメントの内容について2次的な論争まで起き、『ポテサラ論争』という2次ホットワードまで誕生しました。

この問題、ジェネレーション・ギャップに男女平等、子育て、公的マナー、ハラスメントなどなど、一件に大変多くの語るべき要素が凝縮されており、かつ起きた場がスーパーの総菜コーナーという誰もが想像しやすい日常的な場所、という点で「議題」として秀逸です。老若男女問わず、多くの人が当事者もしくは関係者の立場に自分を置き換え「自分ごと」として熱く意見を言える条件がそろっているのです。大人が履修すべき社会人研修とかがあったら、教科書に載せたいような一件です。

ということで、今回は『ポテサラ論争』でも出てきた、理不尽なことや予期せぬことを言われた時の「切り返し」について、最適な方法とは?というテーマを、

酔客の理不尽な話題にうまく対応するのも仕事、というバーテンダー職経験のある筆者の立場からお話しようと思います。

最も気の毒な人は誰か?という視点で考えると、実は明確な答えの出にくい『ポテサラ問題』

大前提として、『ポテサラ問題』はどういう一件であったか?を整理しておきましょう。

「スーパーの総菜コーナーで『母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ』という声がして驚き見てみると、ポテトサラダを買おうとしていた幼児連れの女性に高齢男性がそのように言い放ったところで、言われた女性がうなだれており、聞こえた女性は思わず『大丈夫』と念じながら目の前で同じポテトサラダを2パック自分のカゴに入れた」という顛末。それを「同じポテトサラダを2パック自分のカゴに入れた」女性がツイートし、大反響となった……というものです。

この問題について最も多かった反応は「高齢男性への不快感」でしょう。調理の手間を実感した経験がないからこそ言えそうな『ポテトサラダくらい』という無神経な表現、男尊女卑や世代間ギャップ、育ハラ、モラハラの要素を含む『母親なら~したらどうだ』という決めつけ……短文でよくここまで他人様への無礼を盛り込めたな、と感心するほど、高齢男性をキャラだちさせています。

多くの若い人は、自分の知る「その世代にいがちな、理不尽に威圧的な男性」を重ねてイラっとしたことでしょうし、自分自身が高齢にさしかかっている男性であれば「このタイプがいるから、そうではない我々が割を食ってしまう」と肝を冷やし、この男性と自分自身の差異を知ってもらえるよう、女性側に寄り添って主張したでしょう。

有名人の意見で毛色の変わったものはみな炎上しており、

たとえば「料理の手間=愛情」と言った20代男性・TBSの国山ハセンアナは、炎上後に番組内で実際にポテサラを手作りさせられ、ニンジンの皮をむき忘れたり、熱いポテトのマッシュにてこずるなど「手間を経験したことのない人」としての姿をさらされ、出来上がった料理までイマイチの評価を受けてイジられる……など、愛ある「みそぎ」をさせられました。

筆者がうなってしまったのは、マツコ・デラックスさんのコメントです。

高齢男性について「性格に難がある」と前置きした上で、受ける側が「ああすいません、今日は忙しいんで」と流すコミュニケーションをとってあげてもいいのでは?と、高齢男性側に、やや寄り添う意見を述べたのです。

こちらも炎上しましたが、マツコさんの優しさとバランス感覚に、筆者はしびれました。

マツコさんは高齢男性の「性格に難」という想像に「一人暮らし」「普段人との会話もなく」という寂しい状況の連想をヒモづけており、

つまりは「そんな風にしかコミュニケーションをとれない、寂しい不器用なおじいちゃん」という新たな側面を、『ポテサラ論争』の一意見として投げ込んだのです。

1 2