コラム 「ごめん」が言えない人には“意識的”“無意識”2タイプが存在。社会で損するのは“無意識”なタイプ~その2~

世の中には意外と「『ごめん』を絶対に言わない」人が存在しています。

その1では、筆者が飲食店で出会った「定価を高く間違えて、あわやぼったくるところだったのに、気づいても一言も謝らなかった店員」の実例をご紹介しました。重要なのは「一言も」という部分で、改まって「申し訳ございません」まで言わなくたっていいけれど、ちょっとした「ごめんなさい」「すみません」すら挟まっていない、という一貫した「絶対的言わなさ」という部分なのです。~その1~はこちら

後編では、別方向の会計間違いの事例をご紹介します。「そういえば、知人にそういう人がいる」「そういえば、私、言いたくない」という方は、どこが問題なのか?という核の部分を知るため、ぜひご一読ください。

『ごめん』を言わない人は、たぶん「自分は謝らないぞ」と意識している人だけではない

筆者が学生の頃、やはり「『ごめん』を絶対に言わない」ことが気になる友人がおりました。一つ年上のホノカちゃん(仮名:当時20代)です。

たとえば、文化祭の店舗の準備で、ホノカちゃんが重大なミスをして、別の人がフォローしてくれた時も、特に謝るでもなく何事もなかったかのように参加し続けます。

別件では、Dちゃんに借りたCDのジャケットをホノカちゃんが汚してしまった時。ホノカちゃんは、Dちゃんにこう打ち明けました。

ホノカ「これ、今日、返そうと思って持ってきたら、雨が降ってたせいでペンのインクが流れちゃったみたいで」

Dちゃん「え~!……しょうがないけど。すっごい大事にしてたんだけど……」

ホノカ「曲、すごいかっこいいよね!〇曲目がさ~……」

若さの勢いで筆者、当時はその件について心から疑問に思い、糾弾するわけでもなく、本人にたずねてみました。

まずは文化祭の件。

筆者「ホノカちゃんは、なんで謝らないの?」

ホノカ「だって、お店は問題なく開けられることになったんだし」

筆者「それはCちゃんとか、みんなが一所懸命フォローしたからだよね?」

ホノカ「うん。良かった」

CDジャケットの時は……

筆者「Dちゃんに『ごめんね』って言ったほうがいいんじゃない?」

ホノカ「でも、私も雨が降ると思ってなかったんだよね」

謝る、という発想がある人間からすると「なぜ一言、謝らないの?」と思うシーンで、

最終的に大丈夫になった(他者のフォローで救われたとはいえ)、という結果や、

「なぜ汚れてしまったか?」という物理的な原因に話をすり替え、

自分の過失や不注意の責任に焦点を当てることを、絶対的に避けるのです。

「絶対謝らない人」には、「謝らない」ことを「意識している人」と「無意識な人」がいる

若い頃の筆者はお節介な性質で、「ホノカちゃんはいいところもたくさんあるのに、『謝らないグセ』を直さないままだと、みんなに嫌われちゃう」と勝手に心配し、この件に関し、本人にじわじわ・やんわりと訴えてみたりもしました。そんな、いかにも若者同士の青春哲学談義のようなことを繰り返していると、自然とホノカちゃんも筆者に心の内を打ち明けるようになってきます。

ホノカちゃんの本音を端的にまとめると、『謝らないグセ』の理由は「自分に責任がある、自分が悪いと考えると、落ち込み過ぎて死にたいような気分になるから、考えたくない」というものでした。繊細で落ち込みやすい性格なので、自分の非や、悪いところを見たくないので徹底的に見ない結果、他人から見て「絶対に『ごめん』を言わない人」になっているのです。こういう人は「謝らない」のではなく、精神的には「謝れない」ということになります。

「絶対謝らない人」には、このタイプとは別に「悪いと自覚があっても謝りたくない」という、勝ち気すぎるタイプもいます。社会に出てから、筆者はこのタイプの人にも複数遭遇しました。

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