コラム 米国軍人専用ホテルのボーイに、財界の大物の愛人。酒の席で人生の大先輩から聞いた仰天エピソード~その1~

半ニートから高額所得者まで、常識人から異世界に住む人々まで、幅広い層が飲みに来る下北沢を中心に「一人飲み歴10年以上」の、きたざわ御神酒(おみき)(目下、自粛中)です。

まだまだ自粛が続きそうな情勢ですので、今回は出歩けない皆さまへのレクリエーション(?)として、「お酒の席で聞いた仰天エピソード」をいくつかご紹介します。

筆者の一人飲みの一番の楽しみは「昼間の世界やふだんの生活圏では出会わない人々から聞く、興味深い話」の収集でした。老若男女、さまざまな人から聞くお話の中でも、特に驚いた経験が多いのが、意外にも「高齢者の経験語り」です。人生の大先輩、と呼べる年代の方々で、ふらりとバーに訪れては、その日、そばにいる相手との会話を楽しむ……という活力やセンスをお持ちの方々は、若輩者が驚くような、仰天の経験をお持ちだったりするのです。

米国軍人専用の保養ホテルで勤務していた男性が最も感動したメニューとは?

サチオさん(仮名:会話当時70代後半)は、日本の近代史に登場するような、某大企業グループ傘下のホテルチェーンで、定年まで勤めあげた、元ホテルマンです。

第二次世界大戦後の日本で、地方のあまり裕福でない、6人兄弟の家庭で育ち、「母に楽をさせてあげたい」という一心で勉学にいそしみ、高校卒業後、国立大学の夜間部に在籍しながら、大ホテルチェーンのアルバイトとしてキャリアをスタートしました。

「当時の日本人の中では珍しく、僕は『英語を少しは理解できる』というスキルを独学で身に付けていた。だから、半分学生でも、お給料のいいアルバイトができたわけです。でも、勤め始めたら学業との両立が難しく、大学は中退しました。

でも、ときどき僕の勤務するホテルに見回りにいらしていた会長が、僕に目をとめてくださって、取り立ててくださったんです。僕は米国軍人でも上位クラス御用達のホテルの、VIPボーイになりました」

……ホテルの中は、当時、やっと復興しようとしていた日本の『外』とは別世界だったとのこと。

「お米を買うために、家財を売ってどうにかお金を作って……という環境で育った僕は、家族が見たこともないような、外国のきらびやかなメニューを目にして、興奮しましたよ。

きらびやか、といっても、今の若者にとっては当たり前のもの。コーク(コーラのこと)とか、卵やクリームをふんだんにつかったアイスクリームとか、ローストビーフサンドとか。お客さまが召し上がってるのを見て、『なんて美味しそうなんだろう!』と、香りだけでドキドキした。

でもね、僕には買えないんですよ。ホテル内の通貨は米ドルだったから、日本円は使えないんです。だから、一生懸命働いて、お客さまからチップを頂いて、それを貯めて。……初めてチップでミルクセーキを買って飲んだ時の興奮は、今でも忘れません。この世に、こんなうまい、すごい味のものがあるのか!と、衝撃を受けました!」

タピオカミルクティーだ、バナナジュースだと、一瞬で流行ができては飽きていく現代に聞くと、すごいお話です。でも、ほんの数十年前の日本の話なんですよね。

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