コラム 【もやもや】田口淳之介の土下座謝罪に「なんか信用できない…」の声噴出。土下座はもはや最上級の謝罪法ではない?~その1~

ひとつの日本の風習(?)が消えゆくことに対しては、そこはかとない寂しさを感じはしますが、たびたび理不尽な土下座を強いられた世代としては、土下座に最上級謝罪の意味がなくなったということは、それはそれでいいことなのかもしれません。仕事で土下座“なんて”絶対したくないものですから。土下座がおもしろだったり信用できないものとされているのであれば、土下座を強いられることもないでしょう。

でも、本当に謝りたいときに、土下座が使えないとなると、不便ということはないのでしょうか。

たとえばです。今回も識者の方々がテレビなどで「土下座に逃げるのではなく、今後どのようにしていくかが問題」などと言っていましたが、謝っても許してもらえないって、結構ハードルが高いのではないでしょうか。土下座で解決させたいことって、仕事上、世の中に案外ありませんか?自分の不手際で仕事で損失を出したことを本当に申し訳なく思っているものの、でも損害の賠償は絶対ムリ、というときに「今後このようなことが発生しないよう、〇〇〇と〇〇〇のシステムを整えました」とビジネスライクに善後策を提示したとして、相手の感情は収まるものでしょうか。とにかく謝れ、ということにならないでしょうか。単純な人的ミスの場合など「今後どのようにしていくか」が「これから気を付けます」くらいしか言えないケースもあります。そういうとき、使うか使わないかは別として土下座は切り札になると思うのです。その逆に、たとえば、あまりの大トラブルに感情的になってキレてしまい、ひっこみがつかなくなった場合、相手が土下座してくれたら、「そこまで(土下座)させてしまったんだから、こっちも折れないと」的な空気になって、話が前に進みやすいということもあるのでは?これからの謝罪はどうなっていくのでしょうね。

ということで、その2では、昭和的な土下座謝罪の供養と懐かしむ気持ち(?)を込めて、あずき総研が働く女子たちに聞いた壮絶なリアル土下座体験を紹介します。~その2~に続きます。

正しい土下座は顔を上げた時に、両目に涙がつたわっているのだそうです。

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