コラム 光浦靖子の「49歳エッセイ」にアラフィフは共感するのに、30代はもやもや…なぜ?~その1~

「読んでたら泣けてきた」という声、同世代から続出

光浦靖子さんが文芸春秋11月号に寄稿したエッセイがネットで話題となっています。Twitterのトレンドにも「光浦靖子」「49歳になりまして」が登場、反響が広がり、ラジオやテレビのニュースバラエティー番組などでも取り上げられました。

「留学の話」という通り、 コロナの影響で無期延期となっている海外留学を決意した経緯が淡々とした語り口で綴られたそのエッセイには、

「 頑張り方すらわからない 」
「 仕事がない=価値がない、としか思えなくなってしまいました」
「 ほとんどの同級生ができたのに、なんで私にはできないんだろう 」
「 もうすぐ50歳、もう考え方を変えられるほど柔軟じゃない 」

と、素直な言葉でご自身の「今の心のありよう」が書かれています。 これが同世代にズキズキと刺さるのです。 何がダメなのかわからない、でも、うまくいってない。何かを変えるべきなんだろうけど、それも今さらなのか?などと心だけジタバタしてしまう……そう、まさにこれ。

「私は誰にも必要とされていない」という感情は、独身でなくても考えてしまう日があります。でも「男は裏切るけど仕事は裏切らないから!」と仕事に夢中になれるほどのエネルギーもないし、そもそも仕事自体がゆる~く減ってくる40代後半。必要とされる実感を得るためにペットを飼ったり植物を育てる人もいて、それももちろんアリですが、光浦さんの場合は「住む世界を変える」という選択をしました。

「これは「挑戦」だ 」
「広く浅く全部に手を出そう。今から全部叶えよう 」

という前向きな言葉はそれこそ、言霊となって同世代の心に響いてきます。そして、

「 行動を起こさなくても、決心するだけで心境は変化するようです 」

という結びにホッとするのです。「何かしないと変われない」というのは、もうアラフィフにはハードルが高いのです。そこもふんわりと救ってくれるのが、光浦さんの今回のエッセイでした。

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