コラム 【もやもや】なぜ女は他人の「整形さらし」が好きなのか~その2~

もやもや_劣化2

なぜ私たちは人の整形疑惑に対して厳しい目を向けるのか。
それは、整形が具現化する「私が大好きな希少価値のある天然の美しいものに化けようとする姑息さ」と「ニセモノ」への拒否感です。

でも、その奥底には「私がガマンしているのに、ずるい」という感情が流れている気がします。

たとえマツエクで毛量を増やしても、アイプチで二重にしても、ラメ入りホワイトとブラウンペンシルで涙袋をつくっても、唐辛子入りのリップグロスでぽってり唇を育てても、小顔矯正で輪郭をシャープにしても、それは「整形」ではない。間違いなく努力である、と私たちは考えている。
老化が著しいアラフォー越えですら、本体の潜在能力でなんとかなるはずだと四苦八苦。高機能化粧品やマシンなどで活性させれば、糸で無理やり引っ張らずとも内側から本来の若さが蘇ってくると信じているのです。これもまた努力です。

一方で、整形は本人の努力なくお金で「てっとり早くかわいくなれるニセモノ」だから「ずるい」。でも、もちろん「てっとり早くかわいくなれるもの」に興味がないわけがありません。

そんなにもやもやするんだったら、二重埋没法でも鼻にシリコン棒を挿入するでもやるがいい、と思うわけですが、「だって怖いじゃないですか」(29歳 不動産勤務)というのが大多数の未整形者の意見です。

手術にはリスクが伴うし、本当にキレイになるかもわからない。たとえキレイになったとしてもひと目で整形とわかるくらい別人になっちゃったらどうしよう……。あの子、整形したよね、なんていうウワサがたったら絶対に耐えられない、という気持ちはよくわかります。だから、そんな思いを凌駕して、整形というステージに上った既整形者の度胸には実は感服します。

▲▲▲自己ベストを目指すか、このままで行くか?

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