コラム 【もやもや】初詣はアリだけどお水取りはちょっと引く…。スピリチュアル行動の境界線はどこ?~その2~

 

ドリームキャッチャー

うっかり買ってしまったドリームキャッチャー。バチが当たるような気がして処分に困るというのもこの手のアイテムの悩みどころ。

2016年最初のもやもや案件は「スピリチュアル」の境界線。“ちょっぴり信じてる”私たちのスピリチュアル行動は、どこまではアリで、どこからがイタいの? を考察しています。

前半では、“見える”ことを理由に仕事に支障をきたすスピ女は無理め、「引き寄せ力」の奇跡を信じるスピ女はまぁアリっちゃーアリ、としてみました。

そして、もっとも面倒くさいのが「本当の奇跡を体験した女」です。

☆☆☆

奇跡、と言ったところで、パワーストーンブレスをつけたらお金持ちになっただの、リビングにサンキャッチャーを飾ったら運気が上がって転職に成功しただのという体験談は、聞いたところでたやすく「別の理由があったのでは?」という思考スイッチが入れらます。

でも、病気回復系はスイッチの入れ所がなかなか難しい。

私のいとこは子供の頃に何万人に一人とかいう腫瘍が足にでき、何度も手術を繰り返したのですが完治しませんでした。
高校生のとき、医師から現代(当時)の医療ではこれ以上の治療はできないという診断。就職は障がい者採用で役所に勤められたものの、車椅子生活は傍から見ていても大変そうでした。

でも、ある新興宗教に入信したら、なんと立てるようになり、歩けるようになり。彼女が22歳のときです。

ほんっとにびっくりしました。

腫瘍がなくなったことは心からよかったと今でも思っているのですが、この事実をエビデンスに入信の勧誘をされると、断りにくくてしょうがありません。

実際、彼女の「奇跡って、あるんだよ!」は一番私の心に響きます。何度もお見舞いに行ったし、手術ではもう治らないって確かに聞いたのに目の前で歩いているし。プラシーボ効果っていうだけでは腑に落ちにくいなぁ……という気にもなります。でも、だからといって、道場に通ったり、集会に出たり、お布施をしたりするのは嫌なのです。誘わないで欲しい。

もうずいぶん疎遠になっていますが、数年前の祖母の法事で親戚から聞いた話によると、彼女は支部長になり、団体幹部として他県にも遠征して公演をしているんだそうです。治っちゃいましたからね。本人も信仰のおかげと心から思っているし、布教にはもってこいでしょう。でも、『TRICK』ファンだったワタクシは、ほかの人もちゃんと治っているのかなぁとついつい心配になってしまいます。
二度と会わないだろうな、と今は思っていますが、不治の病になったりしたらどうなんだろう。一縷の望みをかけて連絡しちゃうのかなぁ。そんな自分を想像すると、またもやもやした気分になります。

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