仕事&マネー クラフトビール「スプリングバレー豊潤<496>」大ヒットの陰にスゴ腕女性マーケッターあり!〜その1〜

キリンビールが3月に発売したクラフトビール「スプリングバレー豊潤<496>」(以下「スプリングバレー」)の売り上げが好調です。ビールラバーの記者も大好きです。このブランドの陰に、実はスゴ腕の女性マーケッターがいると聞き、早速会いにいってみました。

吉野桜子さん よしの・さくらこ
キリンビール事業創造部スプリングバレー担当
2006年キリンビール入社。カクテルやチューハイの開発に携わった後、「グランドキリン」の開発、「スプリングバレーブルワリー」の創設メンバーとして、「スプリングバレー」ブランドを立ち上げた。

劇団主宰。“ビール歴”より芸歴のほうが長い

「スプリングバレー」、飲んでみると本当においしいですよね! こんなおいしいビールの開発に携わった女性、それが吉野桜子(よしの・さくらこ)さんです。ビール会社に就職するということは、ご本人もがっつりビール女子に違いありません。

「実はわたし、毎日ビールを飲むわけではないんです」と、吉野さんは極めてクール。

では、どうしてビール会社に就職をされたのでしょうか?

「大学時代、わたしは文学部でしたが、あらゆる学部の授業に顔を出していました。ある日、経済学部のマーケティングの授業で、キリンの『氷結』のマーケッターの講義を聞きまして。その話が私のその後の人生を決めたと言っても過言ではありません。もともとビールは大好きですけど、実は私、学生時代から演劇をやっていて、劇団を主宰しています。その道をきわめたい気持ちもありますが、演劇を仕事にするのもなかなか大変な話なので、演劇は趣味に、ビールを仕事にしようと決めまして」

そう、吉野さんにはもうひとつの顔があります。役者です。中学時代に自ら結成した劇団「我楽多」(がらくた)を主宰し、現在も公演を続けています。役者もすれば脚本も書くそうです。芸歴は“ビール歴”より長いのです。

2006年、吉野桜子さんはキリンビールに入社します。

研修後は営業部門に配属になり、1年後、希望通り、マーケティング部に配属されます。新人がいきなりマーケティング部というのはかなりレアケースで、通常は営業部門でバリバリ成績を上げた人が配属されることが多いそうです。なぜ新人の桜子さんが? 理由は明快でした。

「若い女性が喜んで飲む酒を開発せよ」というわけです。

2000年代、若い女性の酒離れはこのころから始まっていました。

「当時は市場調査から始まって、商品コンセプトの策定、技術者と味の設計、デザイナーとパッケージデザインの打ち合わせ、広告戦略などのプロモーションが主な仕事でした」

フルーティ系で低アルの缶入りカクテル、缶チューハイ。軽くて、おしゃれなデザイン。そうした種類の少なくない製品の陰に、当時の吉野さんの仕事がありました。

ビール会社に入ったからにはビールの開発がしたい!

たくさんのお酒を製品化して市場に送り出した桜子さんですが、数年後、ビールを傾けながら思います。ビール会社に入ったからにはビールの開発もしたい……。そこで上司に掛け合います。

「ビールの開発に関わりたいです!」

そんな吉野さんを、上司はこう諭したそうです。

「ビールはストライクゾーンが狭いから開発のおもしろみは減るぞ」と。「チューハイほど自由につくれるわけじゃないが、それでいいのか?」と。

ストライクゾーンが狭いというのは、当時、日本のビールはピルスナータイプのラガーがほとんど、そこからちょっと外れた味は、一時話題になってもすぐに飽きられ市場から消す、そんな状況を差していたのでしょう。しかし、桜子さんは意に介しませんでした。ビール会社がそんなこと言っていちゃだめよ! と。

「当時はまだクラフトビールの時代ではなかったのですが、私はビールバーなどで海外のビールや国内の地ビールを飲みつづけていましたので、ストライクゾーンが狭いなんてことはない、いろいろな可能性があると思っていました」

ビール会社のビールの開発に携わる、ポジション自体は直球ど真ん中です。

2000年代後半、どんなビールが流行っていたか、覚えていますか? 発泡酒、第3のビールの時代が人気を集めていました。世のデフレ景気が影を落としていたことは言うまでもありません。

「スプリングバレーブルワリー東京」のランチメニュー。
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