仕事&マネー 【貧困女子】憧れのアパレルブランドは、ブラック企業だった~その1~

女性誌『Suits WOMAN』で注目を集めた「貧困女子」。これは、あるときまで順調な毎日を過ごしていたのに、ふとした瞬間から“貧困”と言われる状態になってしまった女性たちの体験談。なぜそうなってしまったか、そしてその後の人生を追ったレポートです。

 

 上野優子さん(仮名)は、現在29歳。千葉県・松戸市の実家で入院中の父と母と暮らしている。千葉県内の中高一貫教育の女子校を卒業し、服飾系大学に進学。モデルのような長身と、折れそうなボディと真っ白な肌が特徴的。彼女はあるブラック企業に1年間勤めたことで心的外傷後ストレス障害(PTSD)になってしまったと言います。

 

「新卒時はアパレル関連の商社に就職し、給料は15万円くらいでしたが、この会社はボタンや服地などをメーカーに卸す仕事で、仕事は事務や注文などが中心。創業50年で入社の倍率も高かったですね。今思えばいい会社だったと思います」

 

 3年間勤務したが、単調な雑用の毎日に仕事に意味が見いだせなくなる。女性のみ制服があり“いかにも昭和の事務員”的なその服を着るのも苦痛になってくる。そして、女性社員同士のイジメの対象になったことで転職活動を開始する。

 

「25歳のとき大学のプチ同窓会をして。私以外の人は有名なスタイリストのアシスタントをしたり、デザイン系の実務に就いていたりして、ホントにキラキラしていたんです。それなのに私はダサイ事務服を着て、毎日伝票に追われている。会話に入っていけなくてみじめでした。“安定していていいね~”なんて言われると、やり場のない焦燥感が。

 また、この時期、会社で私はすごいイジメに遭っていたんです。女性社員から完全に無視をされていました。原因はバッグについてのコメントでした。お局キャラの32歳の女性と一緒に帰ったとき、彼女の新品のバッグのことを、“コレ、プラダに見えますけれど、合皮なんですね。かわいいですね”と言ってしまったんです。その翌日から、業務の連絡事項以外、15人の女性社員から口をきいてもらえなくなりました」

 

 上野さんは、バッグのことは氷山の一角であり、もっといろんなことを人に言っていたんでしょうね……と自嘲気味に続ける。

「父がガス工事関連の会社を経営していて、私と姉と母と共用できるからと、なんでも欲しいものを買ってくれていて、地元の百貨店に行くと、ハイブランドの店員さんが私たちを出迎えてくれていたんです。誰よりも早くゴヤールのバッグを持っていたし、プラダやヴィトンの新作も持っていました。給料は全額お小遣いで、フラワーアレンジメントや紅茶の教室に通っていました。ボーナスが出たらイタリアやハワイなどに行っていましたね。同世代の友達と行くと、ショボイ旅行になってしまうので、母や姉と一緒に行くことが多かったかな。この会社に勤務していた3年間、8か国くらい遊びに行きました。

今思えば、それはいじめられますよね。そもそも、親のお金で買ったものを持っていたのに、自然と周りの人を見下していたのですから。会社に行ってほとんど会話せずに帰宅する日々が続くと、次第に会社に行くのも苦痛になり、人事に相談したら休職を進められました。その後、有休を消化した後、退職しました」

 

▶▶▶▶それから、上野さんのブラック企業を転々とする人生が始まる。

 

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