仕事&マネー 【貧困女子】4回の語学留学をしても、現在は年収120万円のパン屋の店員 ~その2~

 女性誌『Suits WOMAN』で注目を集めた「貧困女子」。これは、ある時点までは普通の毎日を送っていたのに、気がつけば“貧困”と言われる状態になってしまった女性たちの体験談。なぜそうなってしまったか、そしてその後の人生を追ったレポートです。今回お話を伺ったのは、あるときまで社長令嬢として何不自由なく暮らしていた石田さん。父の死をきっかけに立て続けに不幸が襲います。

 

 お父さんのお葬式を出すお金もなかったと言う石田さん。

「あのときは、ホントに自分のやってきたことを後悔しました。23歳のそのときまで、私にとって100万円って“はした金”だったんですよ。でもお葬式の100万円さえ出せない。私も貯金はないし、母に生活能力はありません。結局、親戚が立て替えてくれたのですが、今までホントに親からお金をむしり取っていたんだな……と反省しました。借金の整理が終わったのが父の死から3か月後くらい。母は台東区・鳥越の実家に暮らし、私は叔父から50万円を借りてカリフォルニアに帰りました」

 仕送りがストップしてしまい、金欠になると夫婦関係も悪化。

「夫婦の生活は、実家からの仕送りで賄っていた部分が大きく、お金がなくなると夫婦関係がギクシャクして……。コミュニケーションの問題もあって、夫がモノに当たるようになったんですよね。明日食べるものもない、家賃も払えない状況になるとお互いにイライラするんですよ。罵倒されたり、手を上げられたこともありました。それでも、セックスはしなくてはならず、かなりの生き地獄でした。結局、友達の家に逃げ込んで、別居してから離婚。帰国の飛行機代を得るために、あまり人には言えない仕事もしました。ただラッキーだったのは、当時円安だったこと。現地で稼いだドルを円に換金すると、かなりの金額になって、叔父への借金も返済することができました」

▶▶▶▶帰国後の石田さんに、さらに不幸が襲い掛かります。

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