仕事&マネー 【貧困女子】汚部屋在住アラフォー女子、転職貧乏、貯金ゼロ~その2~

女性誌『Suits WOMAN』で注目を集めた「貧困女子」。これは、あるときまで普通の毎日を送っていたのに、気がつけば“貧困”と言われる状態になってしまった女性たちの体験談。今回は都内の有名美大を卒業し、デザイナーとして中堅メーカーに就職した後、転職を9回繰り返している佐田友里さん(38歳)。

ところで、転職遍歴を教えてください。

「最初に採用されたのは、お菓子メーカー。社内デザイナーとして、スナック菓子やグミキャンディーのパッケージをデザインしていました。メーカーって全国区になるような売れ筋商品は名の通った社外デザイナーに依頼するのですが、マイナーな商品は社内で製作します。

私はフレーバー違い、季節限定商品などを担当しました。仕事内容は、フォーマットで決まっているデザインをベースに、営業や開発の意見を聞きながら微調整していくんです。例えばブドウのグミだったら、ブドウの写真を撮影し、カメラマンにレタッチしてもらい、文字を入れる。この文章は法務が表記をチェックしたものです。それで案を出すと、それぞれの現場→係長→課長でチェックを入れ、真っ赤になってかえってきたものを修正し、それが出たら全部署の部長にチェックをもらいます。それを反映し役員に回す……という、うんざりするような微調整を10回以上繰り返すんです。それで役員がNGを出したらアウト。社内調整にも苦労しました。

私はグラフィックアートを専攻して、優秀な成績だったのに、こんな作業で一生終わるのはイヤだった。それにデザイナーって社内で一段下に見られていたんですよ。当時、営業の同期と付き合っていたんですが、“デザイン部とかはお金のこと考えなくていいからいいよね。開発は期日に追われているし、俺たちはノルマがあるからさ”と言われたんです。カチンと来ましたね」

佐田さんは最初に務めたメーカーにリベンジするかのように、有名デザイナーの事務所に転職する。

「仕事は楽しかったですが、ここも同じような感じでした。毎日、毎日プレゼン資料の制作に追われていました。膨大な量のアイディアを出さねばならず、朝10時出社、終電帰りの日が3年続いて体を壊して退社。それからは広告代理店、レストラン運営会社、お菓子のパッケージを作る容器メーカー、エステなどの美容関連施設の運営会社などに転職しました。今の会社が9社目なのですが、履歴書の記載欄があまりに多く、採用担当者がびっくりします。自分はまともなデザイナーだとアピールしたい。だからこそ、おしゃれな服を着て、ドヤ顔で行ってしまうんですよね」

そうつぶやく佐田さんの手元には、網目が伸び伸びになった、ボッテガ・ヴェネタのイントレチャートのトートバッグがあります。腕時計は傷だらけのエルメスのクリッパー。よく見るとワンピースの素材感が安っぽい。パッと見はおしゃれでも、佐田さんと長時間すごして、つぶさに観察すると、肌も荒れており全体的にくたびれた感じに。フープピアスもH&Mで100円だったと言います。

 ▶▶▶▶▶今の仕事はスーパーのチラシを150社分デザインし続けること

 

1 2