仕事&マネー 【貧困女子】元・月100万円の生活費を得ていた社長愛人の貧困転落~その2~

女性誌『Suits WOMAN』で注目を集めた「貧困女子」。これはあるときまで普通の毎日を送っていたのに、気がつけば“貧困”と言われる状態になってしまった女性たちの体験談。今回は大学卒業後、ギャラリーで働いていたけれど、それでは食べられず、銀座ホステスを兼業。そのときにある経営者に見初められ、月100万円契約(家賃込み)の愛人として南麻布のマンションに1年半住むも、飽きられて解約。その後、笹塚の古いマンションに引っ越し、それから5年が過ぎたという五十嵐和江さん(36歳・仮名)。今はウェブサイト運営会社の契約社員として、朝から深夜までコキ使われているといいます。

 

ギャラリーで働くと言っても、前のようにアーティストと交渉したりする仕事ではなく、掃除や受付をお情けでさせてもらっているだけ。どんな業界もそうですが目まぐるしく変わっており、その変化の中に身を置いていないと、あっという間にさびついてしまうんですよ。だから、再就職しても時給800円の世界。笹塚のスナックの時給1200円と併せて、何とか生活ができるレベルです。

不安でどうしようもなくなるとお酒を飲み、その後菓子パンを食べて吐きます。お腹がはちきれるくらいモノを食べて、指をつっこんで一気に吐くと言う爽快感にハマり、一時期は毎日の食費が5000円以上かかったこともありました。そんな生活を3年近く続けて、手切れ金にもらった200万円はきれいさっぱりなくなりました。

ホントにこれはヤバいと思ったのは、笹塚のスーパーマーケットで半額になっていたホールケーキを3つ買い、一気に食べて吐いたんです。相談するにも友達はいないし、彼もいない。スナックのママに相談することも考えたのですが、ただの気のいいオバサンなのでそんな重いカムアウトに耐えられるとも思わず……。たまたまFacebookで連絡が来た大学の先輩に相談したら、会社を手伝わないかと言われて、今に至ります。毎日原稿を書き、不要な書き込みを削除し、ブロガーさんに連絡をして……という毎日です。食べて吐く暇がないほど忙しいことが救いかもしれません」

▶▶▶義父との確執から、親戚づきあいはほとんどない

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