仕事&マネー 【貧困女子】震災で東京から逃亡し500万円がパー。4年間の四国生活から帰京し浦島太郎貧困~その2~

自分だけ安全圏にいるつもりになって、その他の人を見下していたかも、と当時を振り返る弘子さん。実家には、香川に移住して幸せに生活していると報告していたといいます。

「親に心配をかけたくなかったし、長野に帰って来いと言われるのがとても嫌だったので。やはり独身は肩身が狭いんですよね。親も私が帰ってくると“あそこの家の娘は結婚しない。東京の大学なんて出すからだ”と陰口をたたかれますし。日本の田舎はどこも同じですよね」

香川時代の月収は、11万円だったといいます。当然それでは足りず、貯金を切り崩す生活をしていたとか。

「500万円あった貯金が、4年間で0円になりました。私はクルマを持っていなかったので、そんなに生活コストはかからないのですが、田舎で生活しているとストレスがたまって、アルコールに溺れるようになるんです。仕事が終わると毎日、強めのチューハイを2本買ってアパートに帰り、安いワインを1日1本あけていました。お酒代に毎月3万円くらい払っていましたね。友達もいないし、仕事はつまらないし、結婚する相手もいないし……でも、慣れると抜けられなくなって、結局4年も香川県で過ごしてしまいました」

帰京のきっかけは、放射能に対する恐怖が薄れたことと、呪縛が解けたこと。

「原発のニュースが毎日のようにあった時期は、“これで私は逃げ切れた!やった”と思っていたのですが、1年くらい前からあまり取り上げられなくなり、今ではほとんどニュースにならなくなってしまいました。それで、このままパート勤務のままお酒に溺れて生活するのも限界があると思いました。それに酒量がどんどん増えて行って、我ながら怖くなって、東京に戻ることにしました。まさに、“憑き物が落ちた”という表現がぴったり来ますね。実際に行動に踏み切った背景は、クラウドソーシングで仕事を受けて、月3万円程度の小銭が稼げるようになり、自信がついたこともあります」

貯金は底をつき、実家から50万円を借りて、都心から1時間圏内の千葉県の我孫子市にアパートを借りました。孤独になるとお酒を飲んでしまうので、猫を飼い始めます。仕事を再開しようと数少ない友達に連絡をするも、仕事のやり方は激変し、浦島太郎状態。以前のようには稼げない現実と向き合うことになったといいます。

「ノームコア、ノージェンダーになっていて、その変化に身を置いていないから時代の変化や価値観がわからなくなってしまいました。やはり、4年間も離れていたのは大きいですね。それにプロとアマチュアの線がなくなって、技術ではなく人脈で仕事をするようになっていて、一度その輪から出てしまうと、もう入れないんですよ。やはりずっと仕事を続けていないと、ダメなんだな……と。でも、一番悲しかったのは“私は東京から逃げて四国にいました”と言っても、相手はそんなことがあったことを忘れていること。“あ~いたよね、そんな人。やらかしちゃったよね(笑)”みたいな扱いなんですよ。私は人生をかけて放射能から逃げたのに、何の意味もないような扱いをされ、自分自身もそれを認めざるを得なくなっている状況と、結果的に食品会社のパートがメインの収入になっていることですね」

変化が激しいとはいえ、今はどこも人手不足。弘子さんに何が足りないのだろうかと思って、後輩に出したというメールを見せてもらいました。そこには”●●●●様 ●月●日から完全帰京することに決めました。なので、仕事探し中です。商品デザイン、Web制作、コンセプトつくりなど、何かありそうだったらご紹介ください。家も探さなくちゃならないので住みやすい街があれば。もう東京の情報に疎いので、どうぞよろしく。富田弘子” というやたら上から目線の文面があり、弘子さんが今のような状況に陥ってしまっている原因を雄弁に語っていました。

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ずっと優秀だと評価されてきた女性に多い、”上から目線”メールや発言。これが結果的に人の輪からこぼれてしまう原因になることが多い。しかし、本人はそのことに気が付かない。

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