堅実女子ニュース&まとめ 【私の場合】ブラック幼稚園の営業ノルマとモンペの攻撃、熱血先生が病む心~その2~

「きっかけは、子供同士のけんかで、A君がB美ちゃんを叩いてしまい、痣になってしまったんです。ほんとに小さな痣なのですが、B美ちゃんのお父さんがカンカンに。どんな監督をしていたんだと、園に怒鳴り込んできたんです。たまたま私が元気がない時期が重なっていたので、園長は私にすべて非があるということで話をまとめました。保護者はお客さんですからね」

我が意を得たりとB美ちゃんのパパが「ふざけんな、お前が悪いんだ、お前みたいなサボる奴にウチの娘は任せられない、転園させる」などと、ありったけの罵詈雑言を浴びせている間、涙が出てきたといいます。

「21時になっていて、家には夫と娘が待っている。園長先生もうんざりしている。私も頑張って仕事をしているのに、何をしているんだと思っている。すべてこれは『私が仕事をしたい』というワガママから始まったことなんだと、自分を責めました。死のうと思ったくらいです。それと同時に、私が男の先生だったら、B美ちゃんのパパも、ここまで怒鳴ることはないんだろうなとも思いました」

その後、退職届を出すも、園長は「無責任!これだから奥様先生は嫌なんだよ。これは、すべての働く母の顔に泥を塗るような行為だ」と激怒。

「私は、子供に対する教育はきちんとしていました。教具の作成は誰よりも工夫していた。サプリメントと教材を売らなかっただけ。男性の保護者からいろんな目に遭わされました。B美ちゃんのパパは、『先生が辞めるのは俺のせいですよね』と謝罪され、食事に誘われました。謝罪場所は、私が仕事帰りに行くスーパーの、納豆売り場の前ですよ」

あまりにもしつこく誘われるので、1回だけと食事に応じたら、B美ちゃんのパパは、その後も会うことを求めてきました。3回目の食事の個室居酒屋で、トイレ帰りに待ち伏せされて、胸をもまれ、体をまさぐられたそうです。

「酒とたばこと生臭い魚の臭いと、唇の感触は今でも覚えています。『先生みたいなふくよかな女性、好みなんですよ。キレイですね』などと言われても、気持ち悪さしかなかった。私に付け入るスキがあったのかと思いましたし、どうせ辞める園なのに、なんでホステスみたいに応じているんだ……と思いました。それに、怒鳴られることに対する恐怖感に支配されていたのかもしれません。何かがぱちんとはじけて、その場で大量の吐しゃ物を床にぶちまけ、家に帰ったんです」

かつて怒鳴られて攻撃された相手から、性的アプローチをされることの屈辱と嫌悪と、不気味さで家から1歩も出られなくなってしまいます。

「あのときのことは、ほとんど記憶になくて、毎日ベッドの中で寝ていました。娘にも夫にも興味が持てず、やっとのことで生きているという感じ。義両親は『だからお母さんがお勤めしちゃダメなのよ』などと言ってくる。退職の手続きは夫がしました。私が仕事をしている間に、夫は別の女性と交際を始めたようです。私も義両親から私を守ってくれず、家事も育児も押し付けていた夫に不信感しかない。体調が落ち着くのを待って、離婚しました。」

その後、実家に帰り、NGO団体で契約職員をしています。

「結局、民間で働こうと思ったら、個人としての考えに反しても、会社の利益になることをしなければならない。そうじゃないとパワハラの被害に遭うだけでなく、無能扱いされ、長所が認められず、存在を無視される。そうなると自信を無くし、男性や大きな声を出す人に支配されてしまう。だから今の職場はほとんどが女性です。生活も17時に退社して、両親と娘が待つ家に帰る。給料は手取り16万円と少ないですが、それでいいと思っています」

セクハラ・パワハラの経験を生かして、世の中を変える活動をしたいと考え、ケアやセラピーの勉強を始めた。

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