堅実女子ニュース&まとめ 【派遣女子・どうして更新されないの?】シナリオライターを目指すも、ビジュアル系バンドの「バンギャ」活動にハマり、派遣社員へ~その2~

かつては、自分の時間が欲しい、自由な時間を謳歌したいと言う女性たちに支持された派遣と言う働き方。今回は、都内で派遣社員をしている関根奈々子さん(仮名・26歳)にお話を伺いました。

彼女は、母親や叔母も卒業した有名女子校で、中高大と過ごしました。大学卒業後は、コネで地元の広告代理店に入社し、イベントのプロデュースや販促物の作成などを手がけました。仕事の役に立てようと通い始めたライターズスクールで、シナリオ講座を受講し、賞に入賞したことをきっかけに上京します。

上京後は、シナリオの勉強を始めました。

「最初は、土地勘もあまりなかったので、上京してから通い始めたシナリオスクールの沿線に住みました。関東に親戚もいなかったので、周りに自分を知っている人がいないって状況が新鮮でしたね」

東京に来たらやってみたいことに、“ライブハウス通い”があった。

「実家にいた頃に、ライブハウスへ行くのをずっと我慢していて。高校生の時に、偶然、動画サイトで〇〇(ビジュアル系と呼ばれるバンド)を知って、ライブに行ってみたかったんですけど、なかなか自分が住んでいる県に来てくれなくて」

収入は、親からの仕送りと、たまに呼ばれる企画会議でリサーチャーと呼ばれる調べ物をする手伝いで得たわずかなギャラだけでした。

「バンドマンの彼氏とつきあうようになって。きちんとした彼氏は、東京に出てきて初めてだったので嬉しくて。生活の中心が彼になってしまったというか。ライブがある日とか心配で、正社員とかで働けないって思ったんですよ」

いわゆるニート状態で、東京での日々を謳歌していた奈々子さん。

「最初は会社員時代の貯金を崩して生活していたのですが、次第に厳しくなってきて。元々、親は上京を反対していたので、金銭的援助はしないと言われていたのですが、1か月に8万円仕送りを貰っていました」

“バンギャ”と呼ばれるライブハウス通いの活動のほか、並行して就職活動も続けていました。

「就職活動もしたのですが、地方の大学のせいか書類すらも通らないことが多くて。とりあえず、実績を作るために短期派遣から始めました」

派遣で働き始めましたが、長期契約だと募集人数が部署で1人と枠が狭く全然、採用にならなかったと言います。

「ある時、彼氏のバンドが、自分の地元の県を含むツアーが予定されていて。機材車に乗れる人数に余裕もあったので、帰省もかねて一緒にツアーに帯同しました。基本、夜型なので、派遣先で遅刻が多かったのに、彼氏のバンドのツアーなどで休みも取ったので、派遣のコーディネーターに“真剣に働いていますか?”って嫌みを言われたことも」

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