堅実女子ニュース&まとめ 【東京深夜0時、結婚しない女】孤独な36歳の誕生日、美味しいものだけが真実、化粧品会社プレス・杏奈~その1~

東京に生きる、結婚しない女性のストーリー。今回の主人公は、大手化粧品会社でプレスとして活躍する杏奈(36歳)。彼女が結婚しない理由とは?

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2月だと言うのに、まだクリスマスを思わせるイルミネーションが輝き、浮き立つような六本木ヒルズを背にして、今日、36歳になった五十嵐杏奈は西麻布方面に向かった。エンフォルドのコートとワンピースは、先週末買ったばかりのお気に入りだ。大手化粧品会社の広報担当者として働く杏奈は人前に出ることが多い。だから常に最新のファッションに身を包んでいる必要があるのだ、と言い訳をしながら独身の気楽さで、気になる服があるとプライスを見ずに買ってしまう。

スマホを片手にアレキサンダー・ワンのピンヒールのブーティで歩き、麻布の薄暗い住宅街に入っていく。瀟洒な住宅が作る薄暗い夜のトンネルに踏み込み、目に闇が慣れる頃、「タクシーに乗ればよかった」とひとりごちた。そこから数歩歩くと、住宅街の夜に硬質な書体の白いネオンサインがひそやかに灯っていた。

メディアに一切出ないのに、予約が半年先まで取れないレストランとして有名なこの店は1晩5人限定だ。とびきりの食材を使い、虫や土さえも使うアッと驚くプレゼンテーションをした一皿で世界中からグルメと呼ばれる人がやってくる。有名ブロガーや、美食で知られる元IT社長の投資家、食べ歩きで知られるタレントがSNSで絶賛したことで、その存在が知られるようになった。

浮ついた美食家ではないと自認する杏奈は、流行の店に飛びつかなかったが、今日は36歳の誕生日だ。杏奈は26歳まで、誕生日を迎えるたびに世界の偉人たちが自分の年齢で何をしたかが気になっていた。ジョブズは22歳でApple社を立ち上げたとか、池田理代子は25歳で名作マンガの『ベルサイユのばら』を描いた、小泉今日子は25歳で『あなたに会えてよかった』をヒットさせたなど。天才たちと自分を無意味に比べていたのだ。

26歳からはその対象が母になった。群馬県の高崎市に住む杏奈の母は25歳で結婚し、26歳で杏奈を産んだ。母は今の杏奈と同じ年の36歳だったとき、10歳の杏奈と5歳の弟を育てながら、夫と共に税理士事務所を切り盛りしていた。

36歳の母は、10歳の杏奈が学校から帰ると、よくおやつにぜんざいを出してくれた。父親の好物があんこなので、母はよく自宅兼事務所の1階にある灯油ストーブの上でことこと煮ていたのだ。このぜんざいは来客にも好評で、家は幸福な甘い香りに包まれていた。杏奈は、今日36歳になったが、独身で特定の恋人もいない。

地下2階分の階段を降りたところにあるレストラン。フロアの床材は、チーク材と大理石が細かな市松模様になっていた。杏奈はピンヒールに伝わる感触は、硬質な石よりも、柔しい木が好きだと感じた。

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