堅実女子ニュース&まとめ 【東京深夜0時、結婚しない女】孤独な36歳の誕生日、美味しいものだけが真実、化粧品会社プレス・杏奈~その2~

東京に生きる、結婚しない女性のストーリー。今回の主人公は、大手化粧品会社に勤務する、杏奈。独身の道を選んでいた彼女が36歳の誕生日時に感じた孤独とは?

☆☆☆

レストランのコースが始まった。ウニとブリのパイ、豚の胎児のポアレ、トリュフをふんだんにかけた鶉、アワビと岡ひじきのクリーム合えなどの皿がやって来た。絢爛豪華なミュージカルを見ているような展開だ。杏奈の心は浮き立ち、全感覚を口腔内に集中させる。唇、上あご、舌の裏、喉の奥、歯のエナメル質さえもが旨みを味わいつくそうとしていることがわかる。

先月まで付き合っていた典也とレストランに行ったとき、「料理なんて、いい素材があればだれが作っても同じだろ」と言った。苦笑いをしてやり過ごしたが、食材の組み合わせという微差や温度の中に、広がる変化を読み取ることが、人として生きる喜びではないだろうか。だからあなたは人の気持ちがわからないのだ、と心の中で思った。

14皿のコースが終わったところで、瑞葉がワイングラスに唇をつけただけで、ペリエだけを飲んでいることに気が付くと目が合った。

「真理亜にはもう話したんですけど、杏奈さん、私、妊娠しているんですよ。といっても、デキ婚の36歳で高齢出産なんですけれど、8月にママになるんですよ、この私がっ!」

おどけたように、露悪的な言葉をわざと使って言う瑞葉だが、言われてみると表情が柔和になり、その瞳には自信のようなものが宿っている。見た目からはその腹に命が宿っているなどまったくわからない。相手となる父親について聞こうとする前に、ほろ酔いの真理亜が口を開いた。

「瑞葉の相手はあのフォトグラファーのユキ☆ミツワさんなんですよ。カッコいいですよね。ゲイだと思ってたのに、これなら私も狙えばよかったな」

瑞葉の腹の子の父親は、海外メゾンの広告写真から、場末のキャバレー取材まで手掛けるカリスマ的な人気を誇るカメラマンだった。「真に高級な人間は仕事を選ばない」というのが口癖で、47歳まで独身。女の影はなかったが、年貢をおさめたのは、瑞葉だったか。言うつもりもなかったのに、うらやましい、という言葉が、杏奈の口からこぼれ出た。

「何を言ってんですか! ウチら夫婦は、フリーランス同士の国民健康保険夫婦なんですから。彼は稼いだそばから使っちゃうから、貯金額を聞いたら170万円なんすよ! 結婚するなら杏奈さんの会社のメンズがよかった~。安定しているし最高じゃないですか。お互いに今はよくても一寸先は闇ですよ。私もいつ切られるかわからないし、私だって、子供ができなきゃ結婚なんかしなかったっすよ。杏奈さんもうっかり妊娠に気を付けてくださいね」

だらしない女がデキちゃった婚をするのだ……

1 2 3