堅実女子ニュース&まとめ 【東京深夜0時、結婚しない女】孤独な36歳の誕生日、美味しいものだけが真実、化粧品会社プレス・杏奈~その2~

帰り際、樽のように太ったオーナーシェフが挨拶にきたときに、人懐っこい瑞葉が「お店の名前、どんな意味なんですか?」と尋ねた。すると彼は「孤独な旅人です」とニッコリ笑って厨房へと戻っていった。

店を出たら深夜0時だった。たまたま来たタクシーに妊婦の瑞葉を乗せた。真理亜と2人でしんと冷えた西麻布の住宅街を歩く。周囲は高い塀に囲まれた豪邸ばかりで、人の気配はない。

「アンナちゃん、次の誕生日は4月の私でしょ。ここ以上のレストランがきっとできてるはず。お酒は飲めないけど瑞葉も誘って、3人で美味しいものを食べようね。もう、世の中嘘ばかりだからさ、美味しい料理しか真実を語らないと思うの。作った人が目の前にいて、出されて、食べて感動して。食べるって、自分だけが感じる事実じゃない。自分で感じて“美味しい”って判断したことだけがホントじゃない?」と真理亜はしやべり始めた。

「何かあったの?」

「娘がさ、万引きしてたんだよね。私が海外を飛び回り、参観日も運動会も行かなくて、さみしかったのかもしれない。今日、たまたま家に立ち寄って、娘の部屋をのぞいたらサッと隠したものがあって、追求したらゲロッたわよ」

3日前に娘が盗んだというチューイングキャンディの包みを持って、ふたりでコンビニに謝りに行ったが、雇われ店長から「あ、そうですか。でも手元見ていたわけじゃないし、経理処理もしちゃったので、お金を払うと言われましても……次からしなければいいっすよ」で終わりだったという。警察に行っても、「お店から通報があったわけじゃないから対処できない」と迷惑そうに言われ、娘は母親から数発の平手打ちをされただけで終わった。

「なんかさ、昔は“この商品を何個売らないと、ごはんが食べられない”と滔々と叱るオヤジがいたし、牢屋に入れられるというリアルな恐怖があったじゃない。今は私も含めて、大人たちが何にも向き合わず、肝心なことを避けるために、嘘を嘘とも思わずについているんだよね。だかアンナは偉いよ。ちゃんと後輩を叱っているし、手を抜く人に社会的制裁を加えている。そういう人が真のエリートなんだと思う。それで、今日、レストランの料理を食べて、体験だけがすべてだなって思ったのよ。自分で感じたことだけが、この世の全てなんだ、って」

確かにそうだ。私はまちがっていない。仕事も恋愛もごまかしと噓に満ちている。

「そうだね、あのシェフみたいにブクブクに太ったおばさんになって、いっぱいおいしいものを食べよう」そう言い、杏奈はピンヒールの音を高らかに響かせながら歩いていった。

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街で子連れの家族や、夫婦とすれ違ったとき、その夫のスペックを想像するクセが杏奈にはある。

 

 

 

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