堅実女子ニュース&まとめ 【東京深夜0時、結婚しない女】仕事の出来るアネゴ、その心を埋めるのは? 広告代理店勤務・詩織~その2~

のろのろと準備し、玄関を出てエレベーターのボタンを押したが全く反応しない。ダブルセキュリティーだから、カードキーがないと作動しないのだ。非常階段から降りようにも、ここは15階だ。ヒールで階段を降り続けるのはきつい。途方に暮れていると、エレベーターが到着し、中から洋平が現れた。

「春山……さん???」と洋平が言ったと同時に、iPhoneが震え、10分前に洋平が送った“今から戻ります”というメールが転送されてきた。朝まで帰ってこないと思い込んでいた詩織は、そう考えた自分自身を恨んだ。洋平にノーメイクの顔を見られたのは、痛恨の失敗だと感じた。

「ノーメイクだと全然顔が変わるんですね。かわいいですね、驚いたな……。失礼に聞こえたら申し訳ないのですが、目の大きさも、まつ毛の長さも全く変わるんですね」と呑気に語っている。

「顔を見られる前に帰りたかったんだけど、エレベーターが来なくて」と泣きそうな顔で真っ赤になりながら語る詩織に対して、「もう一度、飲みなおしましょうよ」と洋平は笑顔で誘った。

リビングの床に座り、東京タワーを眺めながら、チョコレートとビーフジャーキーをつまみにビールを飲みながら「いきなり寝ちゃうんだもの、驚きましたよ。でもあのイベントは、春山さんじゃなかったら成功しませんでしたよ、さすがです」と楽しそうに語っていた。

詩織は恋の始まりを予感し、洋平の次の行動を予測する。彼の言葉や仕草にドキドキし、胸が締め付けられるように苦しくなり、久しぶりに気持ちも心も最高潮に盛り上がっているという実感を得た。

洋平は「床で寝ちゃうから、僕がベッドまで運びました」と言い、「重かったでしょう。私、165cmあるから」、「いやいや、ラグビーやってたんで平気ですよ」と言ったところで、続きの言葉が返せなかった。2人は黙り込み、洋平は詩織の顔をまじまじと見た。キスの予感の中、“あと20㎝距離を詰めて来い! いつでも来い!”と、心の中で叫んでいた。

「あの……春山さんって、顔のマジシャンというか、すごいですね。メイクって」

肩透かしをされた詩織は、事態が呑み込めず、ポカーンとしていた。

「僕、さっきまで、春山さんにいつもバカにされているような気がして、それでもなんとなく憧れていて。この人は何か持っている人だと思って家に誘っちゃって、遊びに来てくれてすごく嬉しかったんですけど、寝ちゃうし、面白い人だなって。あの……僕もメイクすると、やっぱり顔が変わるんでしょうか」と恥ずかしそうに言ってきた。

洋平の顔を見ると、ひげが全体的に薄く、肌も36歳にしては若々しい。切れ長の目は上品で“化ける”顔をしている。

「メイクポーチの中にあるものでやってみる?」と持ち掛けると、目をキラキラさせて、はい、と即答されてしまった。

マッサージチェアにひげをそったばかりの洋平を座らせて、キッチンバサミと毛抜きで眉毛を整え、パウダーでぼかした。ゴツゴツした骨格の顔にBBクリームを塗った。シミやニキビ跡、広がった毛穴が目立つ部分にはコンシーラーを重ね、ピュアレッドのチークを入れた。目の周りにベージュ系のアイシャドウをグラデーションにして、目のキワの上下にアイラインを引いた。コーラルピンクのリップを塗って、完成させた。

「できたよ」と鏡を見せたら、「うわ~、すごい、俺じゃないみたい。っつーか、春山さんっぽい顔になってる~」と無邪気にはしゃいでいる。

ああ、私はどこまで行ってもアネゴなんだ。上司やクライアントから下ってくる様々な無理難題を打ち返していくうちに、どんどん動じなくなり、普通の男がバカに見えてくる。それと同時に、誰も女として私を性の対象として扱われなくなっていく。その間に同世代の女はもちろん、後輩たちが、つまらない男と結婚し、丸々と太った赤ん坊を産み、勲章のように抱えて現れる。

数年するとその子たちは、母親の膝に座る小賢しい子供になる。詩織の膝はいつも空席のままだ。それでいつまでも母になった女たちから、独身の自由をうらやましがれつづけるのだ。男の子を産んだある友人は、「あっくんが18歳になったら、詩織にお婿にもらってもらうんだよね~」とその女の美容整形前の顔にそっくりな、巨大な鼻の穴を持つ“あっくん”に語りかけたことを思い出した。詩織は理由がわからないまま、その言葉に傷つけられたのだが、今その流れていた血が止まり、傷がキレイに治ったような気がした。

洋平は詩織のメイクが気に入り、明け方、同じベッドで眠るまでメイクを落とさなかった。そして、明日の代休は詩織の家に遊びにくるという。恋が始まっても始まらなくても、男であり女である洋平と1日をすごすのは悪くない気がした。

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詩織は結婚しない歳月を重ねるうちに、メイクや服でどんな自分にもなれるという気持ちはどんどん強くなっていった……。

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