堅実女子ニュース&まとめ 【派遣女子・どうして更新されないの?】実家は倒産寸前の定食屋。無料Wi-Fiスポットで動画を楽しむ節約マニア~その2~

かつては、自分の時間が欲しい、自由な時間を謳歌したいと言う女性たちに支持された派遣と言う働き方。今回は、都内で派遣社員をしている白石真央さん(仮名・26歳)にお話を伺いました。

東京で生まれ育った真央さんの実家は、和洋中何でも扱う小さな定食屋。2つ上の姉と、3つ下の妹の三姉妹とともに、狭い団地暮らしをしていました。土日も休日も関係なく、働いている両親の姿を見て育ちます。就学支援制度を利用し、都立に進学。より良い就職を目指して、大学では経営学を学びます。就活の結果、パソコンソフトを販売する企業でサポートセンターの担当として働き始めます。

「同期と飲みに行ったり、職場での人付き合いをしていたのはこの頃までですね。派遣を始めてからは、必要以上に人とは付き合わないようにしています」

念願の会社員生活は、順調とはいかなかった。

「サポートセンターに毎日、クレームをかけてくる女性がいたんですよ。それの対応を任されて、精神的に参りましたね。唇ヘルペスが出たり、胃が痛くて、うどんとか冷ややっこみたいな軽いものしか食べられなくなったり」

新卒で就職した企業を退職したのを機に、人間関係もリセットしたそうです。

「仕事を辞めた後に、無職の期間があったんです。それが本当に苦痛で苦痛で。“この先、どうなるのだろう”“一生、働けなかったらどうしよう”って、不安になってしまって。その時、それまでの交友関係も一度、全部切りました。SNSとかも、本当に自分に必要と思えるだけの人にして。今6人くらいしかリストにいないです」

無職の時に、実家も倒産の危機に遭います。

「ちょうど、実家の定食屋も毎月赤字が続いて、倒産しそうになったんです。親が辞めたくないと言って、姉が100万くらい貸したんですよ。返ってこないと思うけど。両親は仲が良くて、休憩時間は一緒に並んで近くのパチンコ台に打ちに行ったり。やっても負債になるだけなので、本当は店も畳んでほしいんですけどね」

再就職先は、劣悪な労働環境でした。

「パソコンソフトの会社の後に、社員扱いでタクシー会社の経理事務で働いたんですよ。簿記などの資格は持っていなかったのですが、未経験可だったので。労働条件をきちんと確認しないで決めたのが悪かったのですが、全体の売り上げと影響して給与が変動したんです。サービス残業も多かったし、運転手さんのギャクや下ネタも辛くて、1年持たずに辞めてしまいました」

ネットのバナー広告で見かけた派遣会社に登録をしたのが、派遣を始めたきっかけだった。

「契約社員で仕事を探しつつ、派遣も登録をしました。最初は怖かったので、3か月の短期雇用で働いたのですが、そこが定時で帰られるし職場での付き合いもないし、すごく楽だったんですよ」

チャラ男との恋愛で、いつもお金が不安……

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