堅実女子ニュース&まとめ 【派遣女子・どうして更新されないの?】母子家庭から有名大学に進学。ジャーナリストを志すも、母の介護のために派遣へ~その2~

かつては、自分の時間が欲しい、自由な時間を謳歌したいと言う女性たちに支持された派遣と言う働き方。今回は、都内で派遣社員をしている大木晴美さん(仮名・27歳)にお話を伺いました。

神奈川県横浜市で生まれた晴美さんは、会社員の父と看護師の3人家族。晴美さんが小学校に入学するタイミングで、逗子市へ引っ越します。脱サラした父は、飲食店の経営を始めます。しかし、商売がうまくいかず、看護師の母親が夜勤をして家計を支えます。晴美さんに対してDVの傾向があった父との生活は、苦痛だったそう。しかし高校進学のタイミングで両親の離婚が成立し、母子家庭となったため特待生制度を利用して私立高校に入学します。

「なにをするにしても、“母親の面倒を見なければ”というのが第一でしたね」

勉強の甲斐があって、難関の法学部に合格します。

「法学部に進学したのは、大学の学部の中で偏差値が一番高かったからなんです。文学部とかよりは、女性で法学部の方が就職に有利だろうなと考えました」

将来の夢は、よりよい社会を作るための仕事をすること。

「学生時代に、選挙の手伝いをしたんですよ。ジャーナリズムっていうと聞こえがいいですけど、記者とか自分が発言できる場を持てる業界に行きたいって思いました。母子家庭になってから色々と不便や面倒も感じたので、いつかは政治に関わる仕事がしたいと思って、就活をしていましたね」

マスコミを中心に就活を行ない、内定をもらいます。

「業界紙と呼ばれる、専門の分野しか扱わない企業に就職しました。入社してすぐに貰った名刺の肩書が“記者”となっていたので、嬉しかったです」

実際の仕事は、ジャーナリズムとはいいがたいルーティンワークでした。

「私が担当していたのは、新聞や雑誌ではなくweb媒体の記事がメインでした。日刊更新だったので、深夜までの残業が多く、タクシー代が出せないからという理由で終電前に帰らされることもありましたね」

入社して3年が過ぎたころ、晴美さんに苦難が訪れます。

「やはり、webではなくて紙の仕事がしたいと思って、部署移動の希望とかも出していたんですよ。その矢先に、母が心筋梗塞で倒れてしまって」

母の手術中も、ICUにパソコンを持ち込み作業……

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