堅実女子ニュース&まとめ 【東京深夜0時、結婚しない女】目を離すと、愛は消える。IT関連会社勤務・恵麻(37歳)~その2~

東京に生きる、結婚しない女性のストーリー。今回の主人公は、IT関連会社で働く、恵麻(37歳)。

翌日は朝からチームリーダーを統括する、部長職を集めた会議だった。恵麻の会社は数年前から、重要事項を決めるミーティングは、会社以外の場所で行なうことが慣例になった。そのほうが自由な発想ができ、意見が言いやすいからだという。カフェやレストラン、ホテルのミーティングルームを貸し切ることが多かったが、今日は東京の古い問屋街・馬喰横山にある昭和時代に建てられたレトロな雑居ビルの屋上で行なう。民泊のプラットフォームサービスを使って予約したのだという。

恵麻が新入社員の頃は、スーツを着て灰色の壁に囲まれ書類を見ながら行なっていた会議が、たった5年で電話予約したカフェに変わり、それから10年経った今は、ネットで予約した屋上で開催されるようになった。

書類も形式的に配られるのではなく、それぞれの意見を書き、それを貼ったホワイトボードを見ながら、改善点やヒントを探り合っていく。数字の目標を与えられ、「がんばる」という精神論で達成していた時代とは大違いだ。

目を離したすきに、あっという間に変わってしまう。人間の気持ちだけでなく、常識さえも、すぐに変容してしまうのだ。

ふと、恵麻は父のことを思い出した。家に来て、仕事について討論する部下たちに「もっと正直に言え!俺たちは家族なんだから」と繰り返し言っていた。幼い頃はそれを頼れる男のように感じたが、高学年になり父が他人に「家族」という言葉を言っているのを聞くたびに、父が部下たちに、子供服を無理に着せて首輪をつけ、ハリボテの家に押し込めているような気分になった。そんな「家族」たちは、父の葬式に1人も来なかった。

「今日、なんかぼんやりしていますね」と後輩の吉川進が話しかけてきた。進は29歳だが、左手の薬指には指輪が光っている。彼は人の変化によく気が付き、清潔感と透明感があり、押しつけがましくない暖かさがある。経営陣も気に入っている次期役員候補だ。

「吉川君のところは成績いいじゃない。ああいう会議って、結果出しているチームが大声で発言するよね。私のところはイマイチだったから、気持ちが上がらなくて」

「ははは、会議なんて教室と変わらないですよ。スポーツと勉強ができて、ちょっとユーモアがある奴が仲間集めて大笑いする。教室は才能だけど、会議は努力と結果でヒエラルキーが決まる。だからと言って、自分が大声を出したくはないですけどね。カッコ悪いから」

進の妻は、8歳年上の日本人だという。アメリカ最大手のアニメ会社で、クリエイターを統括しており、結婚から1年経った今も、遠距離結婚をしている。結婚前、進は妻を口説くために、何度も飛行機で通ったという。

「今、妻が日本に来ているから調子がいいのかも。世界の最先端のエンタメで働いているから、映像技術やマーケティングの手法、クリエイターなどいろんな情報を教えてくれるんですよ。日常会話が仕事のヒントになるし……これは、吉田さんだけに言うんですけど、僕の妻が妊娠したんです。年齢も年齢だったので、実質2年間がんばって、やっとできたんですよ!」

進とは、6年前に一度男女の仲になったことがある。激しく酔っていて何をしたかは覚えていないが、確かにそれはあった。進にもワインのシミのように感情が残っているから、妻の妊娠を恵麻に告げるのだろう。

6年前の12月24日、大きな失敗をし、損失を出して落ち込む進を、恵麻は渋谷のバーに誘った。カップルだらけの東京で、終電を乗り過ごし、ふたりでタクシーの列に並んだ。一向にクルマは来ず、足先の感覚がなくなるほど底冷えする夜だった。どちらが誘うわけでもなく、ホテルに行き、寝た。終わった後に恵麻が初めて感じたのは、この男に支配されたいという思いと、その先にある家族や結婚というほのかな光だった。

しかし、31歳の恵麻は、つやつやの肌を光らせて眠る進の寝顔を見ながら、その光源を叩き壊して土に埋めた。くだらない恋で人生を終わらせたくない。若さに対する強烈な劣等感と、ひよっこの新入社員になにができるのか、という思もあった。

結果、恵麻は「なかったことにする」という道を選んだ。その理由とは?

1 2