堅実女子ニュース&まとめ 【派遣女子・更新なし】人間関係も仕事も、イヤになったらぶっちぎり。アラサー派遣の逃げの代償~その1~

パートやアルバイトというような非正規雇用が増え続けている現代。いわゆるフリーターと呼ばれているアルバイトやパート以外に、女性に多いのが派遣社員という働き方。「派遣社員」とは、派遣会社が雇用主となり派遣先に就業に行く契約で、派遣先となる職種や業種もバラバラです。そのため、思ってもいないトラブルも起きがち。

自ら望んで正社員ではなく、非正規雇用を選んでいる場合もありますが、だいたいは正社員の職に就けなかったため仕方なくというケース。しかし、派遣社員のままずるずると30代、40代を迎えている女性も少なくありません。

出られるようで、出られない派遣スパイラル。派遣から正社員へとステップアップできずに、ずるずると職場を渡り歩いている「Tightrope walking(綱渡り)」ならぬ「Tightrope working」と言える派遣女子たち。「どうして正社員になれないのか」「なぜ派遣を選んでいるのか」を、彼女たちの証言から検証していこうと思います。

☆☆☆

今回は、都内で派遣社員として働いている山本愛子さん(仮名・33歳)にお話を伺いました。明るめの茶髪に、短めの前髪、長い髪は頭頂部の方でお団子ヘアに結んであります。胸元がゆったり目のカットソー素材のワンピースに、ブルーの布製のスニーカーを合わせていてカジュアルなコーディネート。麻素材のナチュラルなトートバッグは、内袋の紐が片方取れた状態でだらしない印象を受けました。「湿気が多いので、髪の毛は面倒だから結んでいます。東京の気候が暑すぎて、夏だけは実家のある福島に行きたいって思ってしまいます」

現在は、タレントやアーティストの公式サイトやブログを管理しているIT企業で、庶務として働いています。「今の派遣会社は、最初に登録した会社から数えると3社目なんです。前回の派遣会社では、無断欠勤してしまったのでもう紹介してもらえないんです」という彼女。もし何かあっても、派遣会社は無数にあるから大丈夫と言います。

愛子さんは福島県郡山市で生まれ育ちました。地元の新聞社に記者として勤務していた父と、総合病院で助産師として働いていた母、3歳年下の弟の4人家族です。

「父も母も仕事で家を空けがちだったので、平日は学校から帰ると祖父の家で過ごしていました。父は携帯が鳴るとすぐにまた会社に戻ったり、クルマ移動だったので夜でも関係なく仕事に出ていました。母も、命にかかわる仕事だったので夜勤が多く、家にいない日も多かったです」

優秀な父からの一言がプレッシャーだったといいます。

「父は、地元の県立高校から国立大学を出ていたのですが、子供の頃から当たり前のように“姉妹全員公立から国立へ”と言われていました。子供の頃から家にあった図鑑を読んだりしていたからか、基礎学力が高かったので、中学までは勉強ができたんです。地元の進学校の高校に合格しましたが、そこからはどんどん成績が下降していきました」

高校では、中学の時から始めたサックスの練習にのめり込んでいきます。

「勉強も特にさぼっていたわけではなかったのですが、高2になると全体の半分以下の成績しか取れないようになっていきました。中学の時から続けていた吹奏楽部の練習の方が楽しくて、放課後はよく部室にいました。ただ、発表会の時にソロパートをどうするかでほかの部員と揉めてしまって全体練習をさぼったんです。そうしたら、私が不在のままでどんどん管楽器のパート割は進んでいったんです。面白くなくて、文化祭当日も休みました」

高3となり、大学受験に向けて勉強を始めますが、思ったように偏差値が上がらなかったため、申し込んでいた模試も当日になって欠席します。進学校では落ちこぼれてしまい、授業についていけず補講を受けることもありました。

「自分ではだいたいどれくらいの成績か、受けなくてもわかっていたんですよ。受けたら大学に受からないというのが親にばれてしまうので、自主的に受けないでいました。大学受験せず、専門学校に進学するって決めてました。うちの学校は進学校だったので、最初から専門に進学を決めるのは学年で数人程度。親とは喧嘩しましたが、受験して落ちるよりも、最初から自分で進路を決めた方が、国立大学にこだわる親のプライドを保てると思っていたんです」

鍼灸師になるための専門に進学するも、バイトに励んでしまい留年に……。

1 2