母に愛人がいた
その後、なかなか連絡がとれなかった母親とも連絡がとれた。そこでタカハルさんが聞かされたのは、なんと母親の不倫だった。
「母が会いに来たんですよ。待ち合わせた喫茶店で僕の顔を見るなり、『ごめんね、私ね、恋人ができちゃったのよ』って。やけに明るかったですね。父とは正反対。母の話によると、定年後、昔やっていたピアノをまたやりたいと習いにいったスクールで出会った人だそうです。一回り年下で、相手はバツイチだった。それで急速に恋に落ちて」
だからといって、40年以上連れ添った夫と離婚までしなくてもと息子の立場では思った。だが、意外にも離婚を言い出したのは父親のほうだった。
「もう結婚生活を卒業してもいいぞ、と父が母に言ったそうです。もともと母は父をおもしろくない人だと思っていて、そう思われていることを父もわかっていた。だから外でデートしてくる母がまぶしかったんでしょう。長年連れ添った妻が、最後に一緒にいたい人と一緒にいたほうがいい、そういう決断を下したそうです。母は、そんな父の思いをありがたく受け止め、彼の元へ行ったとか」
他人事だから、ある意味で「いい話」でもあるのだが、息子はそんなふうには思えないだろう。母親が身勝手だと確かに彼自身も思ったそうだ。
「だけど考えてみたら、いくつになっても、その人の人生はその人のものですよね。父がかわいそうだからと母を責めるわけにはいかない。母にも今まで以上に幸せになる権利はある」
あれから2年、母は再婚し、父は高齢者住宅に入居した。住宅内に友人もでき、釣り仲間もできたという。ひとりになってみたら、父もそれなりに社交性を発揮し始めたようだ。
「人生、どうなるかわからない。自分の両親からいろいろ学ばされた気がします」
(ノンフィクションライター 亀山早苗/citrus)