ライフスタイル 大相撲ファン歴30年!いま夢中なのは力士ではなく、あの人です【教えて!楽しすぎる趣味の世界】

100人いれば100の趣味があるもの。趣味を持っている人はなんだかいつも楽しそうにみえませんか? 
 
ここではまだ「趣味が見つからない」堅実女子に向けて、すでに幸せになれる趣味を見つけた方の「推し活」をご紹介します。
 
もしかしたら、あなたにもビビッと来る趣味がここから見つかるかもしれません!

その推し活は5歳から始まった

広島県の金融会社で働く美紀さんは今年で36歳。大学の4年間は実家を出て一人暮らしをしていましたが、卒業後は地元に帰って就職し、勤続15年も間近です。 現在は実家でご両親と暮らしています。

そんな美紀さんの推し活が始まったのはなんと5歳!

「記憶があるのは5歳ですが、覚えていないだけで3、4歳から始まっていたのかもしれません。間違いなく小学校入学前にはハマっていました」

きっかけは亡くなったおじいさまだとか。

「両親が忙しかったので祖父によく面倒を見てもらっていました。祖母は早くに亡くなっていたので、ひたすらおじいちゃん子でしたね。その祖父がテレビを見るとき、よく膝の上にわたしを乗せてくれたんです。いつもその指定席で見ていたのが『大相撲』でした」(美紀さん)

なるほど、おじいさまの大相撲好きを受け継いだというわけですね。

「祖父は特別、大相撲が好き!というわけではなかったと思います。昔の人なので、なんとなく見る習慣があったのかな。『勝った』『ありゃ、負けた』というようなことしか口にしませんでした。特に応援している力士がいるわけでもなく、決まり手のうんちくを聞かせてくることもありませんでした。あくまで私の子守がメインで、他にやることもないから大相撲中継を見ていたのかな、って」(美紀さん)

それでも年5回の場所を毎回見ていたので、どんどん大相撲に詳しくなっていきました。

「子どもなので、覚えが早いんですよね。力士の名前をしばしば口にするようになりました。幼稚園でも、小学校でも男の子と相撲ごっこをしたことがあるのですが、しこ名もありがちな『〇〇山』とかそんな可愛らしいものじゃなくて、『安芸龍』を名乗っていました。周りの子はちょっと引いていたかも」(美紀さん)

その後も美紀さんはおじいさまと大相撲を見続けたそうです。そして漢字が読めるようになると、新聞に掲載される番付表を切り抜いて冷蔵庫に貼るように。

「番付表をもとに、夏休みの自由研究で星取表や力士データブックを作ったこともありました。でも、なんとなく好き嫌いはあっても、この人!という力士は不思議と現れませんでした。しいていえばアンコ型(丸々と太っておなかが突き出した体型)が好みだなというくらい。大相撲というコンテンツが好きだったんでしょうね。それでも見ていれば技も覚えますし『うまい』『いまひとつ』などとわかるようになりました。同年代の女の子と同じようにアイドルも好きでしたが、大相撲はもっと特別なものでしたね」(美紀さん)

その後、 中学生のころにおじいさまが他界。

「すごくさびしくなりました。私は3人きょうだいの末っ子なのですが、3人ともおじいちゃん子。兄と姉とは少し年が離れていて、ふたりは古い音楽を聴かせてもらっていたようです。でもわたしのころには蓄音器が壊れてしまっていたんですよね。それもまた運命だったのかな」(美紀さん)

中学生になると部活や塾などで大相撲中継を見ることはなくなりました。それでもニュースでのチェックは欠かさなかったといいます。

「あの十両で頑張っていた人は昇進したかしらとか、カド番(※)の大関は勝てたかなとか、やっぱり気になるんですよね。それぞれの力士がそれぞれのストーリーを持っているのが大相撲の魅力だと感じていたんです」(美紀さん)

そんな美紀さんに転機がおとずれたのは社会人になってからのことでした。

※ 大相撲の本場所で負け越した場合、その地位から陥落するという状況

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