ライフスタイル 「親ガチャに失敗した」高校中退元ヤン女性が、25歳で正社員になるまで【前編】

今回は、若いころにしくじった後に立ちあがったという、野崎麻美さん(仮名・32歳)のお話を伺った。彼女は自らを「親ガチャに失敗した」と言う。親ガチャとは、若者の間で話題になっている言葉で、“親は選べない”という意味で使うのだとか。現在は、都内の施設管理会社の運営マネージャーとして正社員で働いている。

貧困家庭に育ち、あだ名は「ビンボーマン」

麻美さんは、極貧家庭に生まれ育った。

「私は、本当に最低の家庭で生まれ育ったと思います。今の言葉だと“親ガチャに外れた”と言えるかもしれません。父親は無職、母親は夜職で、母はお金がなくていつも怒っていました。父はまったく働かないし、アルコール依存症で…」

13歳で両親が離婚するまで、6畳一間の風呂なしアパートに家族3人で住んでいた。トイレはあったが和式で古く、悪臭がしたという。

「この話をすると、“イマドキ、そんなアパート探す方が難しいでしょ”と言われるんですが、あるんですよ。カンカン鳴る外階段で、壁は砂壁で、カギはプッシュタイプ。“赤貧洗うがごとし”というけれど、ホントに家に何もなかったから、ドロボーも絶対入らない感じでした」

学校で使う文房具、ランドセルなどは、誰かのおさがりをもらっていた。

「みんな、大人がいる前では優しくしてくれます。先生も、“野崎さんのおうちは大変なんです。思いやってあげましょう”みたいなことを言って、いじめを抑制しようとします。でも子供は残酷ですから、大人のいないところで徹底的にいじめるんですよね。“ビンボーマン”と言われて、風呂がないこと、服が古いこと、髪の毛がボサボサなこと、靴がボロボロなことを徹底的にはやされました。いじめを扇動していた女子に、“家にお風呂がないなら洗ってあげる”とホースで水をかけられたこともありました」

いじめっ子をにくいと思っても、その子のおさがりの色鉛筆を使っていた。

「もう煮えるような憎悪を抱いてました。夜になって布団に入ると、早く大人になって働くことばかり考えていました。当時の夢は、学校の用務員さん。花壇の世話をしたり、掃除をする仕事なんだと、見えるところしかわからないので、ストレスが少ない仕事だと思っていたんですね。夢のような仕事だと、用務員になっている自分を想像して眠っていました」

中学校からヤンキーチームに仲間入りした

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