恋愛&結婚 急増する「Uターン転職」都会と地方の決定的な差は何か~その1~

500人以上の女性の仕事と恋を幸せに導いてきたキャリアコンサルタント・小川健次が、堅実女子の皆さんの人生を上方修正する、ちょっとしたコツをお教えする連載です。

今回は、コロナ禍でUターン転職をした人を悩ませる都会と地方の意識の差について。佐藤理恵子さん(仮名・34歳)は、コロナ禍を機に、生まれ育った町に帰り、父親の事業を継ごうとしますが……。

母親の死で事業を継ごうと思った

理恵子さんは、山陰・山陽地方の都市で生まれ育ちましたが、東京の高校に進学しています。

「父が東京生まれで、大学で母と出会い恋に落ちました。その後地元の食堂の跡取り娘だった母の婿養子となったのです。そして、都会の感覚を持っていた父は、多店舗展開をし、飲食店経営に軸足を置いた事業の展開をしていました。口うるさい親戚から私をかばうように、両親は一人娘である私を、高校から東京に出してくれたのです」

理恵子さんはリベラルな両親の出身大学の付属高校に入ります。充実した寮生活を送り、大学はアメリカに留学。卒業後は国内ITメーカーから外資系IT企業へ転職し、30代前半にして、マネージャーの職位と、年収1千万円を超える報酬を得ます。

しかし、どこか満たされなさを感じていた頃、コロナ禍にぶつかります。都心のマンションの自宅にこもって仕事をし、ニュースを見ては新型コロナ感染への恐怖におびえたそう。そして「このまま、親孝行もしないで死ぬのはどうなのか」と思い詰めていったそうです。

悪いことは重なるもので、理恵子さんの母が亡くなったという訃報が入ったのがこの頃。まだ60歳という若さでした。

「心配するから体調のことは誰にも言わないで、と父に言っていたそうですが、その後あっという間のことでした。父はこれを機に、事業譲渡の準備を始めると言い出しました。私の将来を縛りたくないという理由です。しかし、代々母の一族が運営してきた事業ですから、私はその思いを受け継ぎたいと思いました」

それから2か月後、理恵子さんは会社を辞め、地元に帰り母に代わって父の会社に入ります。

コロナ禍までは忙殺される“社畜”だった

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