恋愛&結婚 味方のつもりが…女性管理職が女性社員から嫌われてしまった理由【前編】

500人以上の女性の仕事と恋を幸せに導いてきたキャリアコンサルタント・小川健次が、堅実女子の皆さんの人生を上方修正する、ちょっとしたコツをお教えする連載です。

今回のテーマは「キャリア女性が女性の敵になること」について。日本は女性の管理職がまだ少ないと言われていますが、その原因の一部を探っていきます。

「人生はバクチや」という両親に育てられる

菅原利恵さん(仮名・33歳)は、半年前に中規模の食品製造会社で、女性取締役に就任しました。しかし、今は大きな壁にぶつかっています。

利恵さんの実家は地方でスーパーマーケットチェーンを経営しています。両親ともに「人生はバクチだ」と語る豪快な人物で、「自分で稼げるようになれ」「本当に困ったときは誰も助けてくれない」などと言われて育ちました。

「父も母も、常にチャンスを探っており、大儲けをすることもあれば、極貧に陥ることも。私が幼い頃は家計が不安定で、父が高級外車を買った翌月に借金取りが押しかけてくるということもありました」

それでも、両親は「人生笑ってなんぼ」と明るく、困難を楽しみ、それを打破して大きな富を築いていきます。

利恵さんが小学校3年生になるころには、「教育は生き金だ」と言い、進学実績が高い名門中高一貫校に入学させます。そして、「もう、バクチは終わりや」と、経営を見直し、安定収益が得られる体制を作ります。そして、高校生になるころには、常に黒字という優良企業になったのです。

働き者で頭がいい両親の期待に応えるべく、都内の超名門私立大学時代にアメリカへの交換留学生に選ばれたり、有名な会社でインターン実績を積んだりして卒業した利恵さん。卒業後は、有名財閥系商社に就職。留学経験や語学力などを評価されて、主に北米地域との食品輸出入の仕事をしていました。そして、27歳のときに、米国系のコンサルティング会社へ転職。実績を評価されてのヘッドハンティングでした。

転職後、仕事を通じて知り合った日本在住の米国人男性と30歳で授かり婚をして、出産。利恵さんは働くことが好きで、最低限の育休・産休を経て復帰。会社の未就学児の母親へのフォローが手厚く、利恵さんのキャリアに空白はありませんでした。

2回目の転職はコロナ渦中に行った

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